2回目ワクチン接種の副反応
12日(月)、新型コロナウイルス2回目のワクチン接種。
無事2回の接種を終えて安堵の一方、はたして副反応はどうか、というのが当面の懸念だった。
世間では、1回目より2回目の方が副反応が重い、と言われている。自分個人としては、決して軽いとは思わなかった1回目の経験から、あれより重いというのはどれほどのことになるのだろう、と少なからず不安があった。
前回の経過。
接種当日
夜、接種箇所が痛み始める。
インフルエンザの予防接種の時に似た感じ。
接種翌日
接種箇所の疼痛が強まる。
夕方には左腕を少しでも動かすと激痛が走るまでになる。
夜検温。37.4℃。
コロナ禍以後、毎日の検温で37℃台は初めて。
接種翌々日
昼前、36℃台に戻る。
疼痛は徐々に治まり、痛み始めのレベルに近づく。
個人的な経験からすると、接種翌日から、次の朝くらいがヤマと言える。
前回は、接種翌日の午後に旅行で大阪に移動、大阪でえらいことになったのだが、1泊2日の旅程は変更せずに接種翌々日の夜に帰京した。
妻には、副反応の話があるのに、どうして旅行前日に接種予約をしたのかと言われた。当時は予約がなかなかとりづらかったので、少しでも早く接種したいと、前後のことを考えずに予約してしまったのだった。
ところで今回も接種後のスケジュールには問題がある。仕事の面だ。
1回目接種時に次回予約をしましょう、と示されたのが5週目にあたる12日の週だった。13日(火)~16日(金)は、A社(西新宿)の監査の仕事が入っており、唯一空いているのが12日だったので、この日にせざるを得なかった。この時点では、副反応の件は話に聞いていただけだったが、以後、それを実体験してしまうと、2回目接種の翌日から4日間、仕事が入っているのは、いかにもまずいことだと実感するに至った。翌日に旅行を入れた1回目同様、結果として考慮の足りぬ話だったことになる。
とは言え、もう打ってしまったのだから、後はなるようになるしかない。
12日、接種を終えて帰宅後、夕食時に、疼痛が出てきた。前回と同じ推移だ。
来たか・・・。
前回と違い、予防的対処として、バファリンを飲んだ。
さあ、効いてくれるといいのだが。
22:23、就寝時点の検温は、36.7℃。少々高めだが、日頃のレベルだ。普通に寝た。
明けて13日(火)。接種翌日である。
朝起きて体温を計った。5:05、36.7℃。変わりはない。
腕の痛みは少し増してきているが、腕は45°、水平には上がる。
前回の経験から言うと、ひどくなるとして、この日の午後からだが、とりあえず出社することにした。少なくともこの体温は、出社を控えるべきレベル(37.5℃以上)ではない。
A社に普通に出社した。
しかし、結果からすると、やはり2回目の副反応は厳しかったのである。
この日からスタートする監査は、午後から。翌14日(水)以降16日(金)までは、午前、午後両方となる。
とりあえず午前は静かにデスクワークをしたが、やがて少々熱っぽい感じがしてきた。
手元の書類を見ていても何か集中できない。
肘から先、また膝から下に寒気を感じるようになった。PCのマウスを持つ右手が震えて、的確にクリックができないことも出てきた。
A社の場合、エレベーター前に非接触型の検温器が設置してあるので、朝出社してから折に触れここで体温を計ったのだが、何度計っても36.5℃だった。それなのに身体の感じは違う。
これはおかしい、と家から持ってきた体温計を出して計ってみたのが11:14。
38.0℃!
やっぱり熱があるじゃないか、というのに加えて、前回はなかった38℃に乗ったか、というところにインパクトを感じた。
朝あまり問題を感じなかったので、ゆうべは飲んだ予防のバファリンをけさは飲まなかった。それが失敗だったか、と悔やんだ。
さてどうしたものか。
状態としては帰って横になりたい気持ちが強い。
予定では13:00から2部署の監査である。同僚の監査役であるT氏と2人で行う。
とりあえず昼食はとって、そこでバファリンは飲もう。1部署目だけは何とか終えて、15:00からの2部署目は欠席して早退させてもらおうか。
早めに昼食に出かける。とは言え、普通に食べられる感じもない。近場のマクドナルドで軽く済ませることにした。店頭のポスターで目にしたソフトクリームも注文したのは、昼食には異例だが、熱のせいだ。
帰社して、12:26、また計ってみると、今度は何と39.0℃!!
これを見て、帰らせてもらうことを決めた。
T氏に状況を説明し、午後予定の2部署の監査は単独で実施してもらうことをお願いした。
2回目接種日の設定がやはり無理だったわけで、関係先に迷惑をかける結果となってしまったことを悔やんだが、とにかく今日のところは早く帰って静養し、明日以降の監査に支障がないようにするのが最善の策だ。
会社を出て、15時頃帰宅した。
こんな中一つ予想外だったのは、熱の一方で接種箇所の疼痛が前回より軽いこと。朝は水平45°までしか上がらなかった腕は、帰宅のこの時点で上まで上がる。
こちらは、以後もぶり返すことなく、順調に快復していった。
(ただ、その後、左の上腕が赤くなる、いわゆる「モデルナアーム」にはなった。これは前回はなかったことだ。しかし、格別辛いことはなかった)
熱を計る。
15:20、38.3℃。多少下がったとは言え、まだ38℃台だ。
とにかく明日朝には何とかなっていたいので、以後はひたすら寝ることにした。
寝て、合間合間に検温した。
16:42 38.0℃
18:46 38.9℃
19:51 38.8℃
22:49 38.3℃
1:45 38.3℃
一進一退、38℃台を切ることができぬまま、接種翌々日の14日(水)の朝を迎えた。
起きてとりあえず検温。5:09、38.4℃。
1回目接種の時は、翌々日の昼前には平熱圏に戻ったのだが、この日の昼前にそれを期待できるかというと、あまりに高熱だ。
しばらくしてまた計る。
7:24 37.9℃
やっと38℃台を切ったが、これでもまだ前回のピークだった37.4℃より高い。そして、出社を見合わせるべきレベルである。もちろん、今起きて、電車に乗って会社に向かおうという状態ではない。
誠に避けたいことではあったが、もう1日休ませてもらうことにした。
午前1部署、午後2部署、計3部署の監査があるのだが、前日同様、同僚監査役のT氏におまかせすることにした。そうせざるを得なかった。
ひたすら寝る。前日の15時半頃から、食事の時を除いてはずっと寝ており、バファリンも飲んでいるのに、熱が下がらないことにいささかの焦りを感じていた。
午後になって朝以来の検温。13:14、36.5℃。
丸1日とちょっと。やっと日頃のレベルに戻った。
前回も接種翌々日の昼前には平熱に戻っており、それより長かったのかどうかは、この日の午前中に検温をしていないので不明。
これで安定するかどうかはまだわからないので、引き続きさらに寝た。
16:26 36.6℃
19:13 36.3℃
36℃台が続き、これで大丈夫かな、という感じが出てきた。
よかった~。
結果をまとめると、
接種箇所の疼痛
初回より格段に軽い
発熱
発熱のレベル初回より高い
平熱に戻るまでの時間は初回と変わらないか少し長め
ということになる。
ただ、周囲の話を聞いても、この副反応というのは個人差が非常に大きい。あくまで私の場合はこうだった、ということで、どなたかのご参考になるものではない。
寝る前、最後の検温。21:01、36.5℃。
明日は出社できる。出社しなければ、と寝たが、前日からずっと寝続けていたせいか、この時間帯に至ってなかなか寝つけなくなってしまった(笑)。会社に行けるからわくわくして、ということではまったくないよ。
15日(木)からは、普通に出社、普段通りの仕事ができるようになった。
今回の教訓は、スケジュール設定の問題だ。また来年とかにワクチンを打つことになった場合は、1回目、2回目とも、接種翌日と翌々日の2日は、何があってもいいような日に接種を設定する必要がある。これもあくまで私個人の経験に基づく次回方針である。
※過去の関連記事
とんぼ返り大阪<1> 6月11日(金)~ワクチン接種の副反応
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/2021/06/20/113644
とんぼ返り大阪<2> 6月12日(土)~予定通り丹波篠山へ
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/2021/06/20/115659
ワクチン接種2回目終了
12日(月)、大手町の「自衛隊東京大規模接種センター」で、新型コロナウイルスの2回目のワクチン接種(モデルナ)を終了した。
1回目の接種は、6月10日(木)だった。2回目の接種はその場で予約する方式だが、5週間後の、7月12日の週のどこかで、と言われ、13日(火)から16日(金)までは、すべてA社(西新宿)の監査の仕事が入っていたので、唯一空いている12日、17:00の予約にしたのだった。
早めに会社(A社)を出て会場に向かった。前回は初めてのことで妻が同行したが、今回はそれには及ばないと考え、1人で行った。
前回は東京駅からの送迎バスに乗ったが、降車してから受付まで結構歩いた。一方、東西線竹橋駅が結構近いことも前回わかったので、そこから行くことを決めていた。新宿から都営新宿線で九段下まで行き、東西線に乗り換えて竹橋駅へ。
4番出口から地上に上がって、受付の方へ歩いていて、知人と思いがけぬ遭遇。大学オケの友人であり、かつ一昨年まで前の会社の同じ部署で一緒に働いていたK君である。会うのは2019年3月末に前の会社を辞めてから初めてだ。2回目の接種を済ませて帰るところとのことだった。
受付を入る。17:00の予約だったが、最初の検温は16:31。受付時間には幅があり、確かこの時点で18:00の予約者まではOKだった。
前回よりも少し空いている感じだった。
そのこともあってか、以後は、前回以上にきわめて円滑に進んだ。2回目なのでこちらも心得ができている。
予診票には、最近の発熱などについて書くようになっているので、前回接種後の発熱や接種箇所の疼痛について書いておいた。予診の際、前回はどの程度だったかと聞かれたのでその時の状況を話すと、半分笑いながら、その程度は誰でも出ることで、深刻なレベルではない、と言われた。
あっという間に接種完了。
必要な2回目までの接種が終わった安堵と、副反応への不安が頭に浮かぶ。副反応は2回目の方が強いと聞くので、いかに医師があなたの1回目のは深刻な話じゃないですよと言ったにせよ、あれよりきついことになるんだろうか。かと言って、それが嫌だから2回目を打たないわけにもいかないので、ここまでは仕方がない。後はなるようになる、ということだ。
接種後の経過観察時間は前回同様15分。17:02と書かれた紙を持って、待機場所で座って待つ。
17:02になったので退出した。
次回の予約がない分、滞在時間は前回より短く、35分ほどだった。
帰りは送迎バスで東京駅まで行き、総武快速に乗った。
※過去の関連記事
ワクチン接種1回目終了
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/2021/06/11/091929
宇奈月オペラ練習日誌~今季初参加
11日(日)、宇奈月オペラの練習に初参加した。
今年の演目は、昨年に引き続き、「ドン・ジョヴァンニ」である。
昨年は、9月の「湯の街ふれあい音楽祭 モーツァルト@宇奈月」での公演が残念ながら中止(音楽祭全体が中止)となってしまった。
宇奈月では演奏できなかったものの、別途計画されていた初めての東京公演は、10月に配信の形で行われたので、これに向けて練習し、本番演奏を行うことはできた。
宇奈月オペラ「ドン・ジョヴァンニ」東京公演本番終了
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/2020/10/17/181626
さて今年は、5月に事務局から参加意向確認のメールが流れた。
10月31日(日)に東京公演、11月21日(日)に宇奈月公演が行われる。
ただ、別途調べたところ、今年の宇奈月の音楽祭は例年通り9月に開催されるそうなので、11月の宇奈月公演は別途単独の開催になるようだ。
両公演に参加する旨返信した。
宇奈月オペラ参加申込
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/2021/05/11/085141
今年の練習は、6月26日(土)の弦分奏からスタートした。この日は都合がつかずに欠席してしまったので、11日が個人的には初参加だった。
練習場所は、いつもの大久保の「クラシック・スペース★100」。夜コマの練習である。通常の夜コマは17:30~21:30だが、現在、コロナ禍にあって、音出しは20:00までとの制約があり、本来よりも短い練習にならざるを得ない。練習回数も少ない中、痛いところだ。
千葉駅から各駅停車に乗って大久保に向かった。
今年は所属オケの練習に参加していないので、オケで弾くのは、3月6日(土)のオーケストラ・モデルネ・東京の本番以来、4ヶ月ぶりである。
この12日は、天候が不安定で、夕方の東京は雷や強い雨になるとの予報だった。東京都に入ったあたりで、果たして雷鳴が轟き、激しい雨が降り始めた。
この大雨の影響で、その後、乗っていた電車は飯田橋で運転見合わせとなった。
余裕をもって出てはいたものの、間に合うだろうか、と不安になったが、間もなく動き、結果的には9分程度の遅延で大久保駅に着いた。
帰りが遅くなるので、練習前に何か軽く食べておくつもりだった。電車は遅れたもののまだ練習まで時間がある。
改札を出て通りに出た右手にロッテリアがある。ここだと傘を差さずに行けるので入った。
カウンターに行くと、思わぬものが目に入った。
ポムポムプリンシェーキ。
ちょっと恥ずかしかったけど、注文しました。
幸い雨が小降りになった中、練習会場へ。
ロビーの貼り紙。
事務局のHさんから、今年のヴィオラは、東京、宇奈月とも5人と聞いた。以前、4人との情報を得ていたが、その後1人増えたとのこと。
両公演に参加するのが4人。東京だけ参加、宇奈月だけ参加の人が1人ずつなのだそうだ。
昨年は、新型コロナウイルスへの懸念等から、当初参加しながら途中で辞退されるメンバーも出て、最終的に僅か3人での本番となった。
そのことを思うと、5人というのは大変心強い。
セッティングをして、とりあえず昨年と同じ2プルト表に座っていると、指揮の横島勝人先生に呼ばれた。
東京公演でトップを弾かれるCさん(この日は欠席)は宇奈月公演には参加されないそうなのだが、私に宇奈月でトップに座ってほしいとのまったく思いがけないお話だった。また、これに向けて、東京公演はサイドで、とも。
他に弾ける方がおられる中、どうして? と思ったが、せっかくの指揮者からのご指名であり、がんばります、と答えた。
(昨年も同じ「ドン・ジョヴァンニ」を弾いている数少ない1人だからかもしれない)
マウントあさまも含めて、横島オケで本番のトップに座るのは初めてだ(あさまのワークショップで1日だけ練習時の代奏を務めたことがある)。そうと決まったら練習はもちろん、曲も勉強しなければ。
今季初めての合奏。ソリストも5人ついた。
弦の参加者は8・6・5・3・3。
ソリストの紹介、そして宇奈月オペラに初めて参加されるオケメンバーの紹介があった後、練習開始。
今回、東京公演は全曲演奏、宇奈月公演は抜粋演奏とのこと。昨年の東京公演も抜粋演奏だった。
先に行われる東京公演に向けては、昨年カットした曲やレシタティーヴォも含めて全部の曲を練習することになる。
序曲からスタート。
冒頭の白玉3つのボウイングをいきなり間違え、サイドに座られたKさんからツッコミ(汗)。
まさかトップ席に座って弾くことになるとは直前まで思っていなかったわけだが、特に昨年弾かなかった曲は不安きわまりなかった。拍や休みを数え間違えたらどうしよう、落ちたらどうしよう、と思ったが、結果としてはKさんに助けられながら、以後、重大なミスはなく推移した。
11番、12番は途中省略し、19時頃1幕が終了。休憩となった。
休憩後は2幕。
16番、17番、18番は途中省略。
フィナーレは、騎士長登場から地獄落ちまでを省略、最後のプレストから曲尾までを練習し、20時の音出し終了を迎えた。
省略した曲は、どれも昨年弾いているので、とにもかくにもほぼ全曲は練習できた。
初回合奏は大過なく終わって安堵。次回練習は8月28日(土)だが、それまでの間に、曲の勉強、楽譜の勉強、個人練習に励んで、万全の準備をして臨みたい。
東京公演トップのCさんが欠席されない限り、次にトップ席に座るのは11月、宇奈月公演の前日練習の時になる。
※練習往復に聴いた音楽
ベルク ルル
ベーム=ベルリン・ドイツ・オペラ管
ベルク ヴァイオリン協奏曲
クレーメル=C.デイヴィス=バイエルン放送響
ベルク 管弦楽のための3つの小品
C.デイヴィス=バイエルン放送響
ベルク 抒情組曲、弦楽四重奏曲
ラサール四重奏団
全勝相星決戦決着
15日制、史上6回目の千秋楽全勝相星決戦が実現した。
めったに見られぬこの数字。9年ぶりになる。
今場所の両者の相撲内容からすると、白鵬がいかに尻上がりに調子を上げてきたとは言え、照ノ富士の方が上回る。
まともな相撲で渡り合えば照ノ富士。
普通に取れば照ノ富士。
そのように予想した。
ただ、前日の白鵬の時間いっぱいからの徳俵での仕切りをどう考えるか。さして強敵とも思えぬ正代相手にあのような奇策を採った白鵬が、今場所最大の強敵にまた何かやるのではないか。その点だけが読めなかった。
結果は白鵬45回目の優勝。
この一番、やはり白鵬としては、「できることは何でもやらないと勝てない」と考えていたのだろう。「できることは何をやってでも勝ちたい」と。
とにかく、まともな相撲、白鵬としても現時点で出せるものを全部出し切った相撲をとってくれたことは良かった。立ち会いのあのあまりにえげつないかちあげは別だが。
勝敗を分けたのはただ1点。白鵬が常に相手よりも先手先手で動ききったところにある。どこか少しでも止まる場面があれば、照ノ富士に形を立て直すスキを与えただろう。照ノ富士の今場所は、彼の土俵人生の中でも最高の内容で14日間を貫いてきたが、最後のこの相撲に関してだけは、白鵬がそれを僅かに上回った。
私はこの一番については、白鵬が勝ってはいけない、白鵬に勝たせてはいけない、と考えていたが、この勝ち方を見て、納得するものはあった。
(繰り返すが、あのかちあげは別だ)
序盤からの相撲を思えば、白鵬がこれだけ動ける相撲を取れるところまで持ち直したことは驚きだ。ただ、この15日間でどれだけ膝に無理がたまっているのかは心配である。
「復活優勝」、「完全復活」と言っていいかどうかは、次の場所を見る必要がある。
古い怪我を抱える照ノ富士にも、白鵬同様に、まずは来場所以降も今場所のような相撲を取り続けられることを祈りたい。
66歳会社員。毎日元気。
けさ、ブログタイトル脇に添えた自己紹介を書き換えた。
66歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。
2005年10月のブログ開設時、「50歳会社員。・・・」と書いた。
これを、他の文言は一切変えないまま、毎年年齢だけを書き換えて、66歳に達した。
66歳と、ゾロ目の歳なので、今日はふと、11年前、55歳だった頃を思い出した。
2010年。震災の1年前。
もちろん前の会社の時代だ。3年間勤務した品川の支店を離れ、4月に京橋の本社に戻った年だった。本社の部長職に就任し、2019年4月に、社命で子会社2社(今の勤務先)の監査役として転籍するまで、9年間、2つの部で部長を務めた。
5月には、オケの本番帰りに駅の階段を踏み外して転落し、救急車で運ばれた事件。
前年他界した母の墓を菩提寺に建てた年でもある。
白鵬の63連勝。
今日まで11年。自分にもまわりにも色々なことがあった。振り返れば11年という歳月はやはり長かったと感じる。
先日、同期のT、Yと横浜で定例の飲み会をやった時、「この歳になると、何かをあと何年、いつまでできるか、と「引き算」で考えるようになる」という話題になった。
確かにそうだ、と誕生日の今日、改めて思う。
55歳から過ぎてきた11年。同じ11年がこれから経つと、77歳になっている。
そうか、77歳か、と思う。
ここでの「引き算」論の重要なポイントは、「いくつ(何歳)から引き算をするか」がわからないことだ。
一般的には、今の時代、70代前半で亡くなるのは早い、という感覚がある。80代に乗るまでは生きていたい、とも思う。可能なら80代後半までも。
新聞に載る著名人の訃報を見る時、その人の年齢がこれまでよりも気になるようになった。先日田村正和氏が77歳で亡くなったが、77歳というのは、まだ早いとも思えるし、仕方がないかとも思える年齢だ。
あと11年でその年齢に達する事実を確認する今年の誕生日。
さらに言えば、その年齢にどういう状態で達するのか、が問題だ。生きている、死んではいない、ということではだめだと、本人としては当然に思う。
幸いにも持病はない。常時服用しなければならない薬もない。
監査役の任期はあと2年。68歳になる直前までだ。
とりあえず、今日も元気でA社(西新宿)の監査の仕事で、市原の作業所と千葉の営業所に行ってきた。
明日も元気だろう。
2005年から変えていない「毎日元気」。自分で作った自己紹介の一句だが、この言葉の意味をいつになく考える誕生日になった。
とりあえず、「大好き」なビールを、今夜は妻と飲もう。
珍しい、誕生日記事でした。
まさかこういう展開になるとは~七月場所13日目
白鵬、照ノ富士が12戦全勝で併走。続くのは玉鷲と琴ノ若だが既に3敗。事実上優勝争いは2人に絞られた。
まさかこういう展開になるとは思わなかった。
その意外さは、ひとえに白鵬が星を落とさずにきたところにある。
初日、照ノ富士が2場所連続優勝を受けて、先場所苦杯を喫した遠藤を問題なく退けた一方、6場所連続休場明けの白鵬が明生相手にぎりぎりの相撲で勝ったのを見て、NHK解説の北の富士、舞の海両氏も、白鵬の前途に悲観的なコメントをしていた。
私も同感だった。
いつ負けてもおかしくない、と思った。1つ負けたら、2連敗、3連敗しそうに見えた。
長期休場明け、膝の手術。コロナ禍で充分な稽古ができなかったと思われる中、再起を賭けたこの場所で、相撲勘が戻る前に星をいくつか落とせば、状況的には即引退だ。
4日目の隆の勝戦の辛勝あたりが懸念のピークだった。もう限界が近い、と思ったが、その翌日に好調の逸ノ城を問題なく下したところが分岐点となっただろうか。
以後、いつ負けても、連敗し始めてもおかしくない、という感じは残っているものの、また、両雄併走と言われても、一貫して照ノ富士の方が相撲内容が良く、強いのは疑いがないものの、とにもかくにも12日目まで全勝で来たことに大きな驚きがある。
「休場明けの白鵬」が、いつもそうだったことは百も承知だが、今度の場所までもが同じになるとは。
12日目の御嶽海戦も、あっさり右四つに組み止めた。右を差し合い、左は互いにまわしに届かない。白鵬から見て左前みつはそう遠くはなく、何故ぱっと取りにいかないんだろう、と思って観ていたが、じっくり構える余裕ということだったようだ。次の少しの動きでその左を取った素早さにはうなった。あとは一気の寄り。
ここまで観ても、白鵬が、残る髙安、正代を一蹴できるとは、私にはなお思えない。
今場所の強さは照ノ富士の方が圧倒的に上だと思う。危ない相撲はこれまで皆無に近い。
照ノ富士の残る対戦相手も同じ2人である。盤石に見える照ノ富士が、場合によって1つくらい星を落とす可能性もなくはない、とも思う。
しかし、先に黒星を喫するとすれば白鵬だろう。
もしかして、歴史上きわめて稀な、千秋楽の全勝対決がこのまま実現するのだろうか。
全勝対決となれば盛り上がるだろうし、現在の評価のまま照ノ富士が勝てば3連覇で文句なしの横綱昇進、白鵬が復活優勝を遂げれば、照ノ富士の「序二段→大関」の奇跡の復活にも匹敵するドラマとなる。
ただ、白鵬が「ギリギリのところで相撲を取っている」と漏らしたとされるように、仮にこのまま優勝、あるいはそれに準ずる成績を収めたとしても、来場所以降これが続くかどうかは大いに疑問だ。
東京中日スポーツの「北の富士コラム」に、北の富士さんが「これから毎場所同じことになる」と書かれているが、それはどうだろうか、と疑問に思う。
ここまでの白鵬を観ながら、私が思い出すのは平成14年(2002年)九月場所の横綱貴乃花である。
この場所、7場所連続休場から復帰した貴乃花は、序盤に早々と2敗しながらその後持ち直し、横綱武蔵丸との千秋楽相星決戦まで持ち込んだ。
その場所の星取表
https://sports.yahoo.co.jp/sumo/torikumi/hoshitori/?bashoId=200209
敗れはしたものの、よくぞここまで、と思わせた貴乃花だったが、翌十一月場所は全休し、年明けの一月場所で途中休場、再出場の末に、刀折れ矢尽きた格好での引退となった。
私には、あの場所の両横綱よりも良い星での全勝併走でありながらも、白鵬とあの時の貴乃花が重なって見えるのだ。
(全勝併走と2敗併走の差は、今場所、貴景勝、朝乃山の両大関の休場が大きい)
さて、あと3日。どういう決着になるだろうか。
尚、照ノ富士が昨年のこの場所で、再入幕で幕尻優勝した時、まさか1年後に横綱昇進がかかるところまで行くとはとても予想できなかった。
今場所の照ノ富士の相撲は復帰後のどの場所にも増して完璧であり、横綱昇進に異論があろうはずはないが、膝の爆弾もあるので、いつまで務められるかはわからない。
角界全体のことからすると、全勝併走の盛り上がりの裏に、実は、「その次を担う力士が見えない」という問題が隠れていると私には思える。
憂慮すべきはそこだろう。
年賀ハガキ照合
今年も、年賀ハガキの当選番号照合を忘れたまま、ここまで来てしまった。
「お年玉のお渡し期間」は、20日(火)まで。
時間があったので照合しました。
結果。
切手シート、7枚。対前年5枚減。
2等6335に400番違いの6735ってのがあった。それが何か?
明日郵便局行ってこよう。
※過去の関連記事
いまごろ年賀状の当選番号照合
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/48140966
今ごろ年賀状当選番号照合(爆)
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/56040059
年賀はがき照合
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/62397977
年賀はがき照合
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/62827390
年賀ハガキ当選番号照合
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/63478345
年賀状お年玉くじ照合
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/64096275
過去最低?~年賀はがき番号照合
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/64940281
年賀はがき照合
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/65386987
やっと年賀ハガキ照合
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/66094688
年賀ハガキ照合
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/66318870
年賀ハガキ照合
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/2020/07/12/190408
日帰りで松本へ出張
7日(水)、日帰りで松本へ出張してきた。B社(三軒茶屋)の用務である。
B社の監査役としての業務は、6月30日(水)の株主総会を経て、A社(西新宿)同様3年目に入った。今回の出張は新年度最初の監査業務である。
千葉発のあずさに乗車。
千葉から松本までは3時間45分。長いねえ。新幹線だったら東京から広島の少し手前まで行ってしまう。
松本はいいお天気。
松本には、松本モーツァルト・オーケストラへの参加で、ゴールデンウィーク時期に来ることが続いてきた。
直近では2019年5月の特別演奏会に乗ったのが最後である。その後、2019年10月の演奏会は不参加、2020年は、春、秋と演奏会が企画されながら新型コロナウイルスの影響でそれぞれ延期となった。今年5月に延期された演奏会には参加できなかったので、2年ぶりの松本ということになる。
今回の出張に東京から同行する者と改札前で落ち合い、お城口へ出る。
駅前の様子は変わっていない。
現地の者と合流。予定の用務を済ませて昼食の後、現地営業所を訪れて終了となった。
松本駅に戻る。駅の気温表示は32℃。真夏日だ。このところは梅雨空で、晴れるのは久しぶりだとのこと。
同行の者とは別の電車で帰京することにして、久しぶりの松本でちょっと買物。
駅地下の店でソフトクリーム。暑いからね。
千葉行きの特急までは時間がありすぎるので、帰りは長野経由で新幹線に乗ることにした。
特急しなので長野へ。
長野駅で新幹線に乗り継ぐ。
時間があるので売店をのぞいたらこんなものが。
七味唐からしビール。
うーん、飲んでみたいような気もするが、勇気が要るなー。
決断できず、一旦ここを離れて待合室に座ったが、結局買って家に持って帰りました。