naokichiオムニバス

66歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

オケ練日誌~弦が切れた

日 時 : 2022年5月1日(日) 13:30~16:30
場 所 : 美浜中学校武道場
指 導 : トレーナーY先生
内 容 : 合奏
曲 目 : 悲劇的序曲、ドッペルコンチェルト(3・2楽章)、新世界(1・2・3楽章)
弦人数 : 10・9・7・5・5
弓の毛 : 毛は無事だったがD線が切れた

 

午前中は年1回の定期総会に出席。事業報告、決算、事業計画、予算の議案がすべて滞りなく承認された。役員も全員留任したが、団長、副団長はあと1年での交代を望んでいるようだった。

 

午後は場所を移しての合奏練習。

合奏練習が再開されて3回目。もう本番1ヶ月前となった。

先週の合奏は、大阪・京都旅行のため欠席。2週間ぶりの参加である。

美浜中学校の武道場に来るのは、1月30日(日)の合奏以来。真冬から陽春のゴールデンウィーク、と言いたいところだが、1日は冷たい雨が降って肌寒かった。

 

ヴィオラはエキストラのNさんが初参加。久しぶりにお目にかかれて嬉しい。

 

先々週に続いて、トレーナーY先生の指導による合奏。

まず、ブラームス「悲劇的序曲」から。

全体を通した後、要所の返し練習。練習記号Kからは弦の3連符きざみに拍の感覚が乏しいとの注意。管のメロディとのアンサンブルについても、メロディにきざみが合わせていくべきかどうか、少し議論になった。

 

弾いていて何かちょっと調子がよくない。思ったように弾けない。やはり欠席して1週間空いたせいだろうか。

 

休憩の後、ブラームスのドッペル・コンチェルト。3楽章から。

その前からD線のピッチが何だか下がるのでペグを巻いて直していたのだが、何度目かで弦が切れてしまった。弦が切れるのは久しぶりだ。確か、2019年にショス5のホール練の時に切れたな。

張り替えで席を外したが、みんなが弾いている中、弾かずに済むって何か気楽(笑)。がんばってね~、って感じで。

 

続いて2楽章。ここでは、始まったら指揮はしないので、皆さんで合わせてみて下さい、というやり方の練習があった。指揮に頼れないと、確かにまわりを見て聴いて弾くようになる。指揮があってもこれは心がけないと。

 

再度休憩の後、ドヴォルザークの「新世界」。1楽章から3楽章まで、楽章順に練習した。

2楽章の終わり、プルトソロの部分について、コンミスから、もっと互いを見ましょうとの注意があった。気をつけます。

3楽章は、練習番号1から56小節目に飛び込むところがなかなか合わない。合奏再開から間もないからまだオケとしての勘が取り戻せていないところもあるかな。管からはY先生の指揮についてもちょっと要望が出されていた。

 

さて来週、8日(日)は、コンチェルトのソロ合わせ。先々週、初めてのソロ合わせだったが、本番指揮者、本番ソリストが揃うのは来週が初めて。楽しみだ。

 

※練習往復に聴いた音楽

    フォーレ ピアノ五重奏曲第2番

       サージュ エベーヌ四重奏団

    上田知華+KARYOBIN [2]

    上田知華+KARYOBIN [3]

    上田知華+KARYOBIN [4]

    上田知華+KARYOBIN シーユーアゲイン・初恋

    上田知華+KARYOBIN SONG

ステージ上の握手は復活させていいのでは?

新型コロナウイルスの感染防止対策として、これをいつまで続けていて意味があるのか? という話を前に書いた。

 

   いつまで続けるのか疑問に感じるコロナ対策
      https://naokichivla.hatenablog.com/entry/2022/03/21/105727
   いつまで続けるのか疑問に感じるコロナ対策関連
      https://naokichivla.hatenablog.com/entry/2022/04/15/180651

 

関連で、クラシックのコンサートについて、このところまた思っていることがあるので、書いておく。

 

握手しないじゃないですか、いまだに。

 

例えばオーケストラのコンサートで、演奏が終わった時に、指揮者とコンマス、指揮者とソリスト

 

また、オペラのカーテンコールで、指揮者やソリストが横一線になって舞台前面に出てくる時、手をつながないですね、今。

 

あれって必要なんだろうか、と思うんですよ。

 

仮に、お互い相手が感染者ではないか、と疑ったにせよ、今ならステージ袖には消毒液くらいあるでしょう。

ステージ上で握手したとしても、袖に下がったら消毒すればお互い問題ないのではないか、と思うわけです。楽屋に戻って手を洗うこともできるし。

握手した手で、そのまま過ごすこと自体が考えにくいはず。

 

それなのに、何か、「今はこんな状況だからね」と言いたげに、握手に代えてわざとらしく肘と肘を合わせるみたいな動作をしてるのが、ほとんどのコンサートの現状。

 

だって、一般国民の生活を振り返ってみれば、誰がさわったかわからない電車のつり革や現金をさわっているわけでしょう?

 

ステージ上で、限られた人同士が一瞬握手をする行為が、そんなにあってはならない危険なものなのか。

 

要らないと思うけどなー。堂々と握手しましょうよ。

 

(ちなみに、我が浦安シティオーケストラでは、コロナ禍後は、演奏が終わった時に指揮者に花束を渡すことを見合わせて、本番当日のリハーサルの段階でワインとかのプレゼントを渡すやり方にしてきましたが、次回6月の定期演奏会では花束贈呈を復活させます。これは決定事項らしい。どうせならそういう時の握手も復活させるよう提案するかな)

知床遊覧船の社長記者会見で思うこと

27日(水)、知床半島の海難事故を受けて、運航会社の社長が記者会見を行った。

 

観ていてふと可笑しくなってしまったのは、あまりにも「絵に描いたような」会見だったからだ。

 

冒頭の土下座。

要領を得ない説明。

(安全管理規程の内容について明確な説明ができなかったことをはじめ諸々)

無線が壊れていた事実。

 

既にこの時点で、その社長が海のことについては素人だとか、金のことしか考えておらず、悪天候でも無理矢理出航させていたから、以前から危ないと思っていた、とかの周辺からのコメントは、テレビを観ていればあれこれ耳にしていた。また、現地に駆けつけた乗客の家族からのコメントも。

(こういうコメントは、しばらくの間、情報番組や週刊誌を中心に続々と追加されるだろう)

 

そうした前提で会見の模様を観るにつけ、ほんとに「絵に描いたような悪徳社長」に見えてしまい、可笑しくなってしまった次第。

 

しかし、待てよ、と思った。

ふと危険だと思ったのは、報ずるメディアの側にとっても、観る側にとっても、例えば冒頭の土下座などは、いわば「おいしい画(え)」だし、安全管理規程について問われて、立て板に水のごとく明快に説明されるよりは、二転三転しどろもどろの方が、ある意味で望ましい、あるいは面白い、ということになってしまいかねないという点だった。

私自身が、そんな角度から観ていた面はある(そういう会見であってくれと期待まではしていなかったものの)。それがあまりにハマりすぎているので、「絵に描いたような」と思ってしまったところがある。

 

少し考え直そう。

 

報道は、ものごとの全体を表裏なく見せてくれるものではない。あの会見にせよ、端から端までのノーカットで放送したニュース番組はなかっただろう。抜粋だ。

その抜粋を観て、すべてがわかったつもりになってはいけない。観る側の姿勢の部分だ。

 

前記の、会見前に断片的散発的にインプットされる周辺情報についても同様だ。数秒に切り取られたインタビュー映像で語られる言葉は、やはり抜粋でしかない。

そうした情報により、大小のバイアスが形成されてしまうことにも、観る側としては注意が必要だ。

 

(つけ加えれば、これらの情報を報ずるあたって、メディア側に何かの意図が介在しないとも限らない)

 

ついつい、運航会社の社長が、事故を起こした極悪人であり、現地に滞在している乗客家族はかわいそう、という図式に整理してしまいがちだが、本当は注意が必要なのではないかと思う。

 

本当に他の会社には何の問題もなく、この会社だけがおかしなことをやっていたのか。

会見で社長が言っていた、「せっかく来たのだから船を出してくれ」という乗客からの要請は存在したのかどうか。乗客側にも安全を軽視する部分はなかったかどうか。

結果として重大事故が起きたから、そこだけにフォーカスして、ある論調に流れてしまいがちだが、冷静に広い範囲からものを見た時に、観光船の安全性というのは、どうだったのか。

 

そうしたことは、報道されている範囲の情報からはたぶんわからない。

メディアに依存しすぎた情報インプットとそれに基づく判断は、受け手として留意しなければならないと思う。事故が起きたから、知床の観光船、という領域に突然目が向いた人がほとんどだろう。私もそうだ。

ワールドカップになるとにわかサッカーファンが増える、みたいなものだが、スポーツ観戦ならともかく、こうした生死に関わる事故で、事の善悪を評価しなければならない事態においては、受け手として部分的な情報で適当に論評することは戒めなければならないと思う。

 

(例えば、ロシアとウクライナの件。現状、多くの日本人が、プーチン=独裁的侵略者、ウクライナ=かわいそうな国、という二元的な認識を持っているように思うが、そう単純な図式の理解で良いのか、と思うことがある。ウクライナ側に、プーチンをそうさせたものがないのか、など、真実はもっともっと複雑な、我々が知るすべもないようなものかもしれない)

 

そうした話はとりあえず置いて、あの会見を観て、別の角度から思ったことを記す。

 

仮に、あの社長が、金儲けのことしか頭になく、安全管理規程もろくろく把握していない、海の素人だとする。

どうしようもない奴だった、とするわけだ。

時々起こる他の事故や不祥事でも、ジャンルややらかしたことは違っても、どうしてこんな「絵に描いたような」ダメな奴が責任者なんだ、みたいなことはこれまでもあった。

 

で、思うのだが。

例えば今回の事故、トップがそういう奴であっても、起こさずに済ませる仕組みは考えられないのだろうか、と。

 

船を運航させるのは、人の命に関わることで、安全については万全が求められる。

当然、所管の行政が関与しているはずだ。

なのに、何故こういうことになってしまったのか。

これも一部の新聞報道から得た情報に過ぎないが、この会社は昨年も2回事故を起こしていて、国道交通省の特別監査を受けているそうだ。そこでこの会社の問題点は把握されなかったのだろうか。

 

どうしようもない社長だからこの事故が起きてしまった、という文脈で理解しようとするのでなく、どうしようもない社長であってもこんな事故を「起こさせない」仕組みが必要ではないか、という視点である。

「事故を起こしてしまった会社」の問題点を検証するのも大切だが、「事故を起こさせない社会」を作ることも同様に大切で、その観点から今回何が足りなかったのか、知りたいと思う。

 

明日自分が別の事故の犠牲者にならないために。

上田知華さん訃報の衝撃

27日(水)朝、いつものように朝日新聞をめくっていたら、思いがけない訃報記事が目に入った。

 

上田知華さん死去」。

 

 

えっ・・・?


目を疑うとはこのこと。衝撃という以外に言葉が見つからない思いだった。

(最近だとどうだろう、竹内結子の急死以来か)

 

何故衝撃だったかというと、彼女が書いた楽曲を集めたアルバムが、20日(水)に発売されたばかりだったからだ。

リリース情報を知ってすぐ、タワレコでネット注文し、商品は自宅近くのコンビニに到着、取りに行かなくちゃ、と思っていたところだったのだ。

本人歌唱のアルバムではなく、新作でもないけれど、こういうものが出る今、上田知華その人が既にこの世にいないなどとは想像できるはずもなかった。

 

記事を読むと、亡くなったのは昨年9月。もう半年以上前なんだ・・・。

膵臓癌だったとは。

 

すぐにネットで情報検索してみたが、朝日新聞のこの記事以外見当たらなかった。記事には「関係者への取材で」とある。半年も経っていることと併せ、上田さん側からの発表ではないということだろうか。報じてくれた朝日新聞に感謝する他ない。

上田知華という人の知名度からは、大きな記事だと感じた。顔写真も入っているし。

 

すぐに、上田知華+KARYOBINを通じてつながりのある何人かに知らせた。

以後、日が経つにつれて、Facebookなどネット上には、彼女の死を惜しみ、思いを語る人たちの文章があふれている。

 

私の場合。

上田知華+KARYOBINは、秋葉原石丸電気の店内にたまたま流れていたレコードで知ったのが最初。テレビに出る人たちではなかったので、もっぱらレコードを聴き、コンサートにも足を運んだ。

KARYOBINとしての活動がなくなってからも、レコードでは聴き続けてきた。

その後、mixi上田知華+KARYOBINのコミュニティを見つけて参加。このコミュニティでオフ会が行われ、再現演奏に参加するという、とても貴重で価値ある経験をすることができた。

そして、2018年10月、日本橋三井ホールで行われた「上田知華40周年記念コンサート」。金子飛鳥ストリングスとともに、往年の編成での演奏が聴けるとの情報に飛びついて、幸運なことに最前列で目の当たりにすることができた。

本当に久しぶりの上田知華に感激し、また聴きたい、と願った。

オフィシャルサイトを見ると、「ワインと音楽(オンガク)」というシリーズのライブ演奏が開催されているようだった。近く機会があれば聴きに行きたいと思ったし、もしかしたら40周年記念コンサートのような本格的なステージをまた聴けるかもしれない、と思ったりもしていた。

 

あれから3年半。

目の前の朝日新聞の記事は、そんな機会がもはや永遠に喪われてしまった現実を私に突きつけてきた。

 

ネット上で友人とやりとりする中では、あの40周年記念コンサートが聴けてよかった、との話が多い。

確かにそうだ。あれを演奏会場で聴けたことは、今にして思えば本当に貴重だった。

でも。

それは、こうなったから「今にして思えば」なのだ。もうあんな機会は二度とないことがわかったからなのだ。

そのことが、つまり悲しい。そのことが、やはり悲しい。

 

膵臓癌との闘病の末の昨年9月の逝去。

その経過を知る由もないが、公式サイトを見ると、「ワインと音楽」シリーズは、2019年12月の第7回が最後になっている。サイト内のブログは、2021年1月の「初春に思う」というタイトルが最後(もっともこのブログはきわめて投稿が少ない)。

あの40周年記念コンサートは、亡くなる3年前だったことになる。あの時、彼女の体調はどうだったのだろうか。

 

「歌曲集 枕草子」というアルバムが出ていることに改めて気づいた。上田知華本人は、演奏に参加していないが、全曲彼女の作曲である。公式サイトを通じて購入した。届くのが待たれる。

 

残念という他はないが、音楽家の場合、モーツァルトベートーヴェンから、カラヤンバーンスタインまで、その人が亡くなっても作品や演奏は残る。

私の人生において出会えた上田知華さんの作品そして演奏を、これからも味わい楽しんでいきたい。

 

上田知華公式サイト

    https://www.uedachika.com/

上田知華Facebook

    https://www.facebook.com/uedachika2016

※マイミク「ミネ」さんの投稿

    https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1982172262&owner_id=763091

※マイミク「じんちゃんin立川」さんの投稿

    https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1982173334&owner_id=9146347

 

※過去の関連記事

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       https://naokichivla.hatenablog.com/entry/66169333
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       https://naokichivla.hatenablog.com/entry/66176869

 

 

久々の飲み会乗り越しが何か懐かしい

このブログでも再三再四書いてきた、飲み会帰りの乗り越し事件。

乗り越したにとどまらず、折り返してもと来た方向へ走っているのに気がついた、なんていうことも珍しくない。

 

コロナ禍で飲み会もなくなってしまった昨今、そんな乗り越しを久しぶりにやりましたよ。

それは26日(火)のことでした。

 

前の会社の同期、仲のいい3人で定期的に飲んでいる「定例会」。

オミクロン株による感染拡大の状況下、外で飲むことへの家族の了解が得られない、というメンバーがいて、今年に入ってからは一度もできていなかった。

 

しかし、ここにきて、家庭内の規制緩和が進んだとの連絡が久しぶりに入った。

 

残り2人はそれを待ち構えていたので、よし、とさっそく日程を決めた。

今回は、ゲストを招くことにした。B社(三軒茶屋)に近いところにある、前の会社の子会社に勤務するM氏である。M氏は、近く現職を退任して完全リタイアすると聞いていたので、それならその前に一緒に飲もう、と一決したのだった。

 

26日、東京駅で待ち合わせた4人は、八重洲地下街にある居酒屋で旧交を温め、2時間あまり楽しい時間を過ごした後、近い時期の再会を約して解散。

 

神奈川方面2人、茨城方面1人。私はひとり千葉へ向かった。

その時乗った総武快速が君津行きだったことに、あんまり意識が向いていなかったな、思えば。

 

気がついたら、長浦にいました。

千葉まででよかったんですが、長浦。

 

長浦、ご存知ないですか?

千葉→本千葉→蘇我→浜野→八幡宿→五井→姉ヶ崎→長浦。

(さらに乗って行けば、袖ケ浦巌根→木更津→君津)

 

千葉からだと時間にして32分の乗り越し。

 

折り返して帰ったのは言うまでもないですが、何か懐かしかったですね。

かつてはこんなの日常茶飯事だったわけですが、外での飲みなんてめったになくなったこのコロナ禍。

懐かしいというか、久しぶりで嬉しいというか。

 

ま、気をつけますが。

 

※過去の関連記事

    「君津行き」の恐怖
       https://naokichivla.hatenablog.com/entry/19968403

前勤務先のOB会幹事に就任

25日(月)、出張で仙台へ向かう電車の中で、スマートフォンに着信があった。すぐには出られず、仙台到着後、折り返した。前の会社の先輩のM氏だった。

 

前の会社の本社OB会の幹事の件だった。

 

OB会は10人前後の幹事で運営され、事務局として人事部の現役の人間が実務を担っている。
私自身、もう20年ほど前に人事部勤務だった時、その仕事をしていた。

 

月日は流れて2019年3月に退職し、OB会の会員資格を得た。

 

それから間もない7月に、年1回のOB会総会と懇親会が行われたので、初めて出席し、新会員として紹介された。
この時に、M氏を始めとする何人かの幹事から、若手(64歳(当時)と言えども若手ね)の総務系の人間を幹事に入れたいが、お前がちょうどいい、来年から頼むぞ、との話を受けていた。幹事各位はもちろん会社の先輩ばかりなので、いわば問答無用の話である。

確かに、総務屋というのは諸々の幹事役を務めることが多い。私も例えば入社同期の交流の中では、飲み会や旅行の幹事を一貫して担当してきた。
だからこの話にもまったく抵抗はない。問答無用で断れないということではなく、むしろ前向きに受け止めた。

 

最初のオファーがあってから、想像もしていなかったコロナ禍。

高齢者が集まるOB会の総会・懇親会などはとんでもない、ということになってしまい、翌2020年、2021年と連続して中止。総会で審議承認される幹事の人事も扱われる機会がないまま推移してきた。

この間、M氏がA社(西新宿)に顔を見せる機会は時々あり、顔を合わせると、幹事の心づもりはしておいてくれよ、と念を押されてきた。

 

そんな経緯があっての25日のM氏からの電話だった。

M氏いわく、2022年も総会・懇親会は開催しない方向。3年連続で中止となってしまうので、幹事の改選については、明日26日(火)に開催する幹事会で決することにした。ついては、それを承知しておいてほしい、とのことだった。

つまり、正式要請であり、受諾の正式回答を求める電話だった。

 

わかりました、その後もその心づもりでいましたので、と答えた。

 

翌26日、人事部のOB会担当者から、幹事会で正式に決まった旨の連絡が入った。

ほどなくその担当者から、新しい幹事のメンバー表を含む資料がメール配信されたので、新任幹事としての挨拶のメールを発信した。

幹事メンバーを見ると11人。全員お互いに知っている。かつての上司が2人。新入社員研修の時の先生もいるし、労働組合本部役員の大先輩もいる。

特に感慨深いのが、私が人事部の立場で関わっていた、2001~2003年度に幹事だった方が、現在でも幹事を継続されていることだ。そのご壮健を喜ばしく思う。そのお一人は、今年米寿なのだそうだ。あやかりたいものだ。自分も、幹事を長く続けて、喜寿、米寿を元気で迎えられたら、と思う。

 

次の幹事会がいつ頃なのか、わからないが、諸先輩方とお目にかかれる機会を楽しみに待ちたい。

 

尚、今回の件に先立って、昨年秋に、千葉県在住者のみのプライベートなOB会についても、幹事を命ぜられた。こちらは既に引き継ぎを済ませている。

つまり、公式なOB会と千葉ローカルのOB会、両方の幹事を務めていくことになる。総務屋としては喜ばしいことだ。


※過去の関連記事
    前勤務先のOB会に出席
       https://naokichivla.hatenablog.com/entry/66316095
    前勤務先のOB会総会中止
       https://naokichivla.hatenablog.com/entry/2020/10/03/193202

    10月11日(月) 会社の先輩宅を訪問、夕方は3ヶ月ぶりの同期飲み会
       https://naokichivla.hatenablog.com/entry/2021/10/17/162333

 

 

 

仙台出張 大きな教訓を得る

25日(月)は、B社(三軒茶屋)用務で仙台へ日帰り出張。

 

13時から行われる会議に出席するのが目的なので、ふだんよりはゆっくり家を出た。

 

東北新幹線は先月の地震による脱線事故のために長く運休していた。この日までに復旧しなければ、飛行機での移動なども考えなければならないと思っていたが、幸い運行再開し、乗ることができた。車内は結構混んでいた。

 

仙台には順調に到着。
(しかし、この後、事件は起きたのである)

 

久しぶりの仙台は、いいお天気だ。

 

13時までにはまだ余裕がある。仙台駅周辺で昼食をとってから行くことにした。

そういう場合はたいていPARCOのレストラン街に行く。今回もそうした。

 

PARCOにはタワーレコードがあるので、まずのぞいてみた。ご多分に漏れず、クラシックの陳列規模は以前に比べるとずいぶんさみしくなったが、ひとまわり見て歩く。特に購入はせず。

 

レストランフロアに行き、どこにしようかと思案の末、鎌倉パスタに入った。

 

PARCOを出たのが12:12。用務先のB社の支店は、前勤務先の支店と同じビルの中にある。これまで何度も足を運んでいる。

地下鉄で仙台駅から北四番丁まで4分。そこからは10分足らずの場所だ。

充分余裕があるはずだった。

 

しかし。

 

何度も行っているビルであるにもかかわらず、道に迷ったのだ。

久しぶりだったからなー・・・。

 

これが、多少なりとも懸念のある場所だったら、地図くらいプリントして持って行くところだが、何度も行ってるんだからわかりきっている、という思い込みがまずかった。

 

確かこっち、と歩いて行っだが、みおぼえのある景色が出てこない。

行き先の住所は○○1丁目5番なのだが、歩いていて電柱を見ると2丁目。そもそもそこからして違う。

1丁目はどっち方向なんだ?

 

最初から、スマートフォンGoogle検索してナビを起動して見ながら歩いているのだが、何かこれがあてにならないのだ。私のスマートフォン、以前からそうなのだが。

 

思い余って、通りかかった郵便局に飛び込み、○○1丁目5番はどっち方向でしょうか、と聞いた。

メモ用紙に書いてもらった手書きの地図を頼りに歩く。目的地からは相当遠いところまで行ってしまったようだ。

 

既に12:50をまわっている。13時までには何とか飛び込まねば。

先刻まではまだまだ余裕があると思っていたのだが、すっかりテンパっている。

やっとのことで、記憶にある風景にたどりついた。

 

12:54、目的地着。北四番丁から10分足らずのはずだったが、30分近くさまよい歩いた。

 

ところで。

B社には「B社時間」と呼ばれるものがある。会議は定刻より早く始める、という慣習だ。

3年前、大阪で行われた会議に出席した時、そのことは知っていたので、定刻30分前には着くようにしたのだが、驚くことに会議は既に始まっていて、いくら何でもそれはないだろう、と思ったものだった。

 

今回、仙台で焦って歩きながら、そのことは無論頭にあった。予定通りなら15~20分前には着くはずだった。

 

それが現実には6分前ですからね。

 

間に合ってよかった、とはまだ言えないな、と恐る恐る会議室へ行ってみると・・・。

ドア、もう閉まってるし、誰かがしゃべっている声が聞こえてくる。

あー、やっぱりか。そーっとドアを開けると、社長が冒頭の挨拶をしているところ。

うー・・・。すみません。

 

後日、一体どこをどう間違って歩いたのか、Googleマップで調べてみた。○○1丁目と2丁目の位置関係、そしてあの時世話になった郵便局はどこだったのか。

そのへんが大体把握できて、そうだったのか、こんなところを歩いてたんだ、と腑に落ちたは落ちた。

 

今回の教訓は、「地下鉄から地上に出た時に、どっち方向に歩いて行くかが一番危ない」ということだ。

これ、不案内な場所に地下鉄で行く時、しばしば思ってることなんだよ。

 

北四番丁の改札を出た時に、目の前に駅周辺の地図があったので見た。行くべき1丁目に近いのはこの出口だ、とちゃんと把握した上で地上に上がった。しかし、そこから右へ行くのか左へ行くのかを間違えたのだった。

その結果、地上に上がったら、

   本来なら「南へ進んで、途中で右折して西に向かう」べきところ、

   実際には「西へ進んで、途中で右折して北に向かった」

のだった。上空から見おろした場合、時計回りに90°違った方向に移動していた形。

 

一番最初のボタンのかけ違えがすべて。

以後は、もはやあさっての方向にいる中で、こっちか、いやこっちかも、とさんざん歩いて、どんどん傷口をひろげたのであった(この日の歩数は久しぶりに1万歩を超えた)。

 

誰を責めることもできない。すべて自分が悪い。今後の教訓とする。

自分の記憶を過信しないことだ。

 

いずれにしても、とにもかくにも、そんなこととはまったく無関係に会議は終わり(笑)、仙台駅に戻った。

 

杜の都。季節も陽春。緑がきれいだった。

 

買ってあった切符よりは早い新幹線に間に合うので、みどりの窓口で変更して帰った。

大阪・京都旅行<3> 4月24日(日) 開陽亭で昼食

24日(日)、帰京の日。

 

京都の開陽亭で昼食を予約してある。

 

9時半前、淀屋橋の宿泊先ホテルをチェックアウト後、まずは御堂筋線で梅田へ向かった。

 

妻の希望で阪急百貨店に行き、食料品売場で買物をした。

 

永田屋昆布の佃煮。

一保堂茶舗のお茶。

 

足立音衛門。栗をメインにしたお菓子の店だ。

ショーケースにこんなフィギュアが。

大阪だけにタイガース。栗を打っている。左打ちだから佐藤輝明選手だろうか。

 

大阪駅から新快速に乗って京都へ移動。30分ほどで着いた。

 

まずここでも買物。パン屋を2軒。

 

コトチカ京都の志津屋

 

それから駅前の進々堂にもまわった。

 

コインロッカーに荷物を預けて身軽になる。

あとは開陽亭で昼食をとったら帰京だ。

 

昨日、開陽亭は12:30の予約にしていたが、電話して12:00に早めてもらう。開店が12:00だ。

 

京都の洋食の名店、開陽亭は、先斗町で営業していたが、2020年9月をもって一旦閉店し、博多町というところに新しい店を新築。2022年2月22日(火)にオープンした。

 

我々も京都を訪れれば何度となく入った店だが、先斗町の前の店に最後に行ったのは、2019年2月、元浦安オケの団員で、当時大阪在住だったHさんとの昼食だったと思う。

 

先斗町よりは南東に位置するという理解でいいのだろうか。南座の南方向である。スマートフォンに出した地図を見ながら歩いてさがす。

 

宮川筋を南下。雨に濡れる京都のこういう小路は良い風情だ。

 

迷うことなく、新しい開陽亭に到着。

既に並んでいるお客さんがいて、正午前だが順次入店することができた。

 

2階の席に通された。今度の店も良い感じだが、先斗町の店の独特の雰囲気が思い出される。

 

 

季節のオードブル。

 

至高のコンソメ。まさに至高だった。

 

ポークチャップ。

 

大変満足して店を出た。

 

※開陽亭公式サイト

    https://www.kaiyoutei.com/

 

京都駅に戻り、14:06の新幹線に乗って帰京。

 

下り側のホームにやってくる電車を撮影しようと待ち構えている人がたくさんいると思ったら、黄色い車両が入ってきた。

 

私は知らなかったが、「ドクターイエロー」といって、10日に1回くらい走るらしい。

 

   ※JR東海のサイトから

       https://railway.jr-central.co.jp/train/work/detail_04_01/index.html

 

品川で総武快速に乗り換えて帰った。

短かったが実りある旅だった。

 

※開陽亭に関する過去記事

    京都旅行 4月6日(金)<18> 開陽亭①
       https://naokichivla.hatenablog.com/entry/66035870
    京都旅行 4月6日(金)<19> 開陽亭②
       https://naokichivla.hatenablog.com/entry/66035876
    京都旅行・夏 7月14日(土)<10> 開陽亭で昼食
       https://naokichivla.hatenablog.com/entry/66122680

 

大阪・京都旅行<2> 4月23日(土) HUBで夕食

葉加瀬太郎オーケストラコンサートの後、夕食。

18時半くらいだから、まだ外は明るい。

 

本来なら、以前も行った淀屋橋の「よし田」に行きたかったのだが、予約の電話を入れたら23日(土)は休業との返事。北浜などそう遠くないところに系列店が複数あるので、そちらにも聞いてみたが同様だった。

 

そのようなことで、どこかの店に決めていない。

 

ホテルまわりでさがすのも一法だったが、せっかくフェスティバルホールに来ているので、ホールが入っているフェスティバルシティの中の店を見てみることにした。

 

いくつか店をまわってから、HUBに決めた。

HUBは東京オペラシティにもあって、新国立劇場でオペラを観る前の昼食でよく利用する。

 

コンサートの感想などを語って、宿泊先に戻るべく外に出る途中、ホールへ上がる階段に通りかかった。開演前と違ってひと気がないので写真。

 

葉加瀬太郎 オーケストラコンサート2022 The Symphonic Sessions

23日(土)、フェスティバルホールで行われた、「葉加瀬太郎 オーケストラコンサート2022 The Symphonic Sessions」を聴きに行った。

 

葉加瀬さんは、2020年以降、春にこのオーケストラコンサート、秋にバンドとのツアーと、年2回のツアーを組んでいる。

(その分、以前は春に行われていた、(高嶋)ちさ子さん、古澤(巖)さんとの「3大ヴァイオリニスト」のコンサートがなくなってしまったのが、少々残念だ)

 

オーケストラコンサートは、2020年はコロナ禍で延期され、昨2021年に初めて行われた。4月に札幌に聴きに行ったのだが、これがとてもよかったので、もう一度聴きたいと思い、8月に神戸に行った。葉加瀬さんを同じツアーで2回聴くのは初めてだった。

 

フェスティバルホール

 

この赤い階段の右手に、「レオノーレ」という音楽関係のグッズを販売している店がある。入ってみた。魅力的な品々が手狭な店内に並んでいる。

私は、ネクタイを2本、ヴァイオリンの形のタイピンとピンバッジ、妻は楽譜をはさむホルダーなどを買い求めた。

 

 

我々の席は、1階10列9番・10番。

入口で小さなステッカーをくれた。

 

葉加瀬太郎 オーケストラコンサート2022 The Symphonic Sessions

日 時 2022年4月23日(土) 15:30開場 16:30開演

会 場 フェスティバルホール

ヴァイオリン 葉加瀬太郎

オーボエ 最上峰行

音楽監督・ピアノ 羽毛田丈史

指 揮 水野蒼生

 

プログラム冊子から。

 

セットリスト。

 

第1部 情熱大陸

       (MC)

    Another Sky(Symphonic Another Sky)

    ひまわり

       (MC)

    さよならをもう一度

    Moon River

       (MC)

    Wild Stalions

第2部 WestSide Story Medley

       Tonight

       Maria

       Mambo

       (MC)

    New Beginnings~Main Theme

       (MC)

    WITH ONE WISH

    リベルタンゴ

       (MC) メンバー紹介

    新世界

アンコール

       (MC)

    Csardas ~チャールダーシュ~

 

16:25に1ベルが鳴り、ほぼ定刻通りに開演。

客席が暗転すると、羽毛田さん、水野さんが登場。

 

1曲目がいきなり「情熱大陸」であることに意表を突かれる。もう30年くらい前、さだ(まさし)さんのコンサートで、1曲目に「主人公」をやって驚いたのを思い出した。客席もいきなりでは盛り上がりきれないとまどった感じあり。

 

MC。フェスティバルホールは世界で一番好きなホールで、小学校の時から通っていて、アイザック・スターンを最前列で聴いたことがあるそうだ。

 

「Another Sky」では、オケのヴァイオリンがソロよりも1オクターブ上を弾いているのが面白く、通常のバンドでは聴けない味わいがある。

 

続いて「ひまわり」。

いつも必ず演奏される定番曲が続く。小田(和正)さんのツアーでも、「愛を止めないで」や「ラブストーリーは突然に」など、やらなければ客が納得しないという曲がある。改めて思うが、演奏側として、そうした「いつもの曲」を、毎回毎回マンネリにならずに常に新鮮に演奏するのは大変なことなんだろうな。そんなことを感じながら聴いた。

 

その後のMCで、「今日は「エトピリカ」はやらないんですよ。もうこの3曲で、ヒット曲は全部やってしまった」と笑いをとる。意図的な配列だったんだ。

以後は、オーケストラコンサートならではの曲をやります、と映画音楽2曲に移った。

 

オーケストラコンサートでは、昨年もそうだったが、葉加瀬さんは全曲譜面を見ながら演奏する(妻が気がついたところでは、終わった曲の譜面を脇にかたづける時に手が震えていたとのこと。やはり通常のバンドとの演奏より緊張があるんだろうか)。

この映画音楽では、眼鏡をかけて弾いていた。とりわけ難しいのだろうか。

 

それにしても「Moon River」は何度聴いてもいい曲だなあ。ワルツで演奏された後、最後にロッカバラードに移行するアレンジがとても印象的だった。

 

恒例のツアーグッズ紹介のMCから、第1部最後の曲。

もう1部が終わりなの? という感じを受けた。

 

しかし、やっぱりオーケストラとのこのコンサートはいいなあ。通常のバンドとの演奏もいいけど、多数の弦や管が加わるサウンドは本当に魅力的だ。

 

この日は、ツアーグッズの他に、「葉加瀬太郎シグネーチャーモデル アントニオ・タロンティーノ」というブランドのヴァイオリンも販売されていた。

このことは事前に情報を得ていて、10万円くらいだったら買おうかと思っていたのだが、その倍近い値段なのでやめた。

(ヴァイオリンは弾けないが、いずれ安い楽器を買って練習して、浦安オケの本番にヴァイオリンで一度乗ってみたいとは前々から思っている)

         ↑ 問い合わせ先のゴム印が捺されているが、札幌の店舗。

          大阪にも島村楽器の店舗はあるのに何故?

 

ケースに直筆サイン入り。5台売られていた。

 

休憩時の出来事。

開演前席に座ると、周囲のお客さんで、ビニール袋に入った、葉加瀬さんその他のチラシを見ている人がいる。妻と、あれは何だ? という話になった。入口で配っていたんだろうか。それにしてはステッカーはくれたけど、あんな袋はくれなかった。

休憩になったら聞いてみよう、と思っていて、入口まで行った。女性のスタッフがいたので聞いてみたら、入場時に配るのでなく座席に置いておいたものだとの返事。なかった旨を話すと、お座席番号を教えて下さい、と言う。すぐお持ちしますので、お席でお待ち下さい、と。

これには驚いた。余ったチラシがそのへんに積んであるだろうから、それを受け取れればいいと思っていたのだが。

そうですか、と席に戻るべくエスカレーターを上がった。

さらに驚いたのはその後。

エスカレーターを上がったところに男性のスタッフがいて、外出者の半券確認をしていたので見せると、配付物がなかったお客さまですか、と言う。

既に今しがたの女性スタッフから連絡が入っていたのか。

その男性スタッフが、こちらに現物がありますのでお渡しします、と言って1袋くれた。

(席に戻って妻の話で、実は確かに座席にあったことが判明。座席のシート上に平らに載せるのでなく、シートと左側の肘掛けの間に縦に差し込むように入れてあったのだそうだ。それでも普通に座れてしまって、その存在に気づかないままだった。妻は、休憩に入って私が聞きに席を立った後に気づいたが、声をかけることもできなかったと言う。従って、我々の手元には3人分の袋が残る形になった。すみません・・・。でもスタッフの方の対応には感服しました)

 

第2部。

始まる前に、「ウエストサイド・ストーリー」の冒頭部分が流れていたのだが、オケのチューニングの後、「Tonight」が始まったのが嬉しかった。

メドレーで、「Maria」に続いた。オケ編成だし、葉加瀬さんのことだから、絶対「Mambo」はやるはず、と待ち構えていたら、やっぱり。

 

葉加瀬さんのステージマナーはいつも堂々としている。本当に舞台人、という感じだ。「どう? 俺ってかっこいい?」と言いたげな所作だ。2週間前、札幌で観たユーミンにも同じことを感じた。

 

「ウエストサイド」が終わってのMCでは、レナード・バーンスタインの話になった。クラシックファンがカラヤン派、バーンスタイン派に分かれていた時代、葉加瀬さんは圧倒的にバーンスタイン派だったそうだ。1985年のイスラエル・フィルとの来日公演で、ブラームスの1番、マーラーの9番をこのフェスティバルホールで聴き、出待ちをしてサインをもらって握手してもらった話もしていた。

 

次は、つい先日放映されたドラマ「津田梅子~お札になった留学生~」(広瀬すず主演)のテーマ曲。

 

そして、「WITH ONE WISH」が、昨年同様にオーボエとのデュエットで演奏された。この形でのこの曲はとてもいい。この曲をヴァイオリンと何かの管楽器のデュオで演奏するなら、クラリネットやフルートではなく、やっぱりオーボエが一番合うんだろうな、と思いながら聴いた。

 

そして「リベルタンゴ」。これは実に圧巻というべきすばらしい演奏だった。

 

メンバー紹介がなされて、盛り上がったまま「新世界」の4楽章になだれこんだ。たまたま今自分でも弾いている曲だ。

これは、クライズラー&カンパニー時代のナンバー。

葉加瀬さんは客席に手拍子を促した。

 

葉加瀬、羽毛田、水野の3人が下手に一旦はけたが、すぐ出てきてアンコール。

 

モンティの「チャールダーシュ」だった。

中間部分で、オケのクラリネットとのからみがよかった。

 

18:23終演。

いつも長々とはやらないアーティストだが、それにしてもちょっと短い。20分の休憩を含めて2時間足らず。せっかくのオーケストラを生かせる何かもう1曲はほしいところだった。

 

ちょっと物足りなさはあったものの、昨年に続くオーケストラコンサートを楽しむことができた。

音楽を過不足なくアクションで表現する水野さんの指揮も視覚的に楽しめた。

 

規制退場だったが、下りのエスカレーターはこうなる。どの程度意味があるのか。