10月に筒美京平氏が亡くなった。2020年の大きな出来事である。
日本の歌謡界、ポップス界にとって大きな存在だったことは言うまでもないが、私自身の聴体験、鑑賞歴においても、職業作曲家の中ではひときわ輝く巨星だった。
筒美京平という名前を知ったのは、ヴィレッジ・シンガーズの「バラ色の雲」だったと思う。グループサウンズ最盛期、1967年のリリースで、私は小学6年生だった。
続く「好きだから」、「虹の中のレモン」、「思い出の指輪」、「星が降るまで」などの筒美作品には非常に魅力を感じた。
以後、70年代、80年代と、数えきれない名曲を残したことは、わざわざここで私がふれるまでもない。
個人的には、1971年という年が一つのインパクトとして強く記憶に残っている。高校1年の年である。
尾崎紀世彦 また逢う日まで
堺 正章 さらば恋人
平山三紀 真夏の出来事
南 沙織 17才 潮風のメロディ
野口五郎 青いリンゴ
坂本スミ子 夜が明けて
欧陽菲菲 雨のエアポート 等々
それ以前から感じていた、筒美作品の傑出した魅力が、さらに完成度を増したように思ったものだ。
特に魅了されたのは「真夏の出来事」だった。
そして、南沙織を皮切りに、筒美氏は多くのアイドル歌手の作品を一手に手がけていくことになる。
彼ら彼女らの、次から次へと発表される新曲が、ことごとく新鮮な傑作であることは、奇跡のように感じられたものだ。
その中で、歌手自体の歌と、筒美作品との総合的な魅力が発揮されている点では、郷ひろみと岩崎宏美が双璧だったと思う。次いで南沙織。
私が長く聴いてきた歌謡曲の世界において、筒美京平という人がそれまでの職業作曲家と違うなと感じたのは、そのモダンさ、あるいはセンスだった。
単に「いい曲」というだけでない、新しさを感じさせた。
氏は多くの作品を自ら編曲していた。それまでの歌謡曲の多くは、作曲家と編曲家の分業によっていたが、筒美氏の作品は、なるほど作曲した人の編曲、と思わせるものだった。
私の「1971年インパクト」の筆頭にある「真夏の出来事」のイントロなどは、まさにその後に歌われるメロディと不即不離、完全に一体となったものとして、大変な説得力を感じたものだ。
それと並ぶ例は南沙織の「夏の感情」。ヴォーカルが「誰かに出会う為に」の後、「また真夏が訪れたの」で違うメロディラインに移るが、それまでのヴォーカルの上行音型を引き続き伴奏楽器が演奏するので、一瞬ポリフォニックな印象を与える。このアレンジにも強いインパクトを受けた。
(尚、バッハの楽曲に出てきそうなこの上行音型、「誰かに出会う為に」のメロディは、「コンドルは飛んでいく」の冒頭も想起させる。筒美氏の意図的な引用かもしれない)
作編曲の一体的な効果においても、郷ひろみと岩崎宏美の一連の作品は傑出している。「花とみつばち」、「想い出の樹の下で」などが特に記憶に残る。
ところで、筒美作品で日本レコード大賞を受賞したのは2曲。「また逢う日まで」と「魅せられて」。思いのほか少ない印象だ。
(作曲賞は5回)
「魅せられて」については、ちょっとした思い出がある。1978年に大学を卒業して就職した私は、本社の経理部に配属されたが、「題名のない音楽会」の公開収録にしばしば行っていた。当時の上司の課長が番組にツテを持っていて、音楽好きな私に入場券をくれたのだ。
たぶん1979年の始めだったと思う。何度目かになる渋谷公会堂での公開収録に行った。確か2本収録したと思うが、その内の1本が、「ヒット曲は意図的に作れるか」というようなテーマだった。
ある曲をヒットさせるべく、楽曲やふりつけなどのアイデアを複数パターン試演して、その中からこれで行く、というものを決める内容だった。その曲を歌うのがジュディ・オングということも決まっていて、彼女が出てきて試演の歌を歌った。
司会の黛敏郎氏が「さあ果たしてこの曲はヒットするでしょうか」というような発言で結んだと記憶する。
そしてその後リリースされた「魅せられて」は、果たして大ヒットし、この年の代表曲となったばかりでなく、筒美作品の代表作ともなった。
1980年代では、近藤真彦、松本伊代、早見優、小泉今日子の一連の作品などが、筒美作品におけるもう一つの山と言えるだろう。特に松本伊代の楽曲には、筒美氏ならではのものが多い。
筒美氏の死は大変残念ではあっても、月並みな言い方になるが、残された作品は不滅である。半世紀余りの年月を経てもなお古びない作品群は、永く愛されていくだろう。
最後に、筒美作品私的ベストソングを、1アーティスト1曲の形で列挙する。
ザ・ジャガーズ マドモアゼル・ブルース
ヴィレッジ・シンガーズ 虹の中のレモン
ヒデとロザンナ 粋なうわさ
いしだあゆみ あなたならどうする
朝丘雪路 雨がやんだら
尾崎紀世彦 愛する人はひとり
堺 正章 さらば恋人
平山三紀 真夏の出来事
南 沙織 17才
麻丘めぐみ わたしの彼は左きき
郷ひろみ 花とみつばち
岩崎宏美 想い出の樹の下で
太田裕美 木綿のハンカチーフ
松本伊代 センチメンタル・ジャーニー
早見 優 夏色のナンシー
小泉今日子 なんてったってアイドル
もし、今、たった1曲を選ぶとすれば、「真夏の出来事」になる。
<追記> なかにし礼氏のこと
年末も押し詰まって、中村泰士氏、なかにし礼氏と、歌謡界の大家が相次いで他界した。
私にとっては、特になかにし氏の逝去が惜しまれる。
私の家で、テレビラジオの歌番組を通じて、筒美氏、なかにし氏が視野に入って来たのは、ほぼ同じ時期だったと思う。
筒美氏の曲もさることながら、なかにし氏の詞のよさはしばしば話題になった。
筒美氏は当初もっぱら橋本淳氏とのコンビで作品を発表していたので、「なかにし礼の詞に筒美京平が曲をつけたらどんなにいいだろう」と、母が話していたものだった。
それが実現したのが、いしだあゆみの「あなたならどうする」だった。さすが、と感嘆したものだ。このコンビによる作品は、石田ゆり(後になかにし氏と結婚)の「悲しみのアリア」、朝丘雪路の「雨がやんだら」と続く。
なかにし氏の詞には、普通の作詞家とは違う深みや、文学的な香りがあった。
彼の作品もまた、永く残っていくだろう。
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ボロディンと筒美京平
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