「レコード芸術」で、2020年5月号から「新時代の名曲名盤500」が始まった。
「名曲名盤300」あるいは「名曲名盤500」といったランキングものは、1980年代から定期的に続くレコ芸の定番企画で、前回は2014年~2016年に掲載された。今回も3年間で完結するとのこと。
このところのレコ芸の特集は、編集陣が変わったのかどうか知らないが、以前に比べて斬新で充実したものが多いと、ネット上では話題になっている。
一方、この名曲名盤企画は、かねてから毎回同じような盤が並んでいるとの指摘もされていたが、今のそんなレコ芸らしく、今回はランキング結果が大きく変わった。
月評子を含む8人の選者が3つの盤を選び、1位3点、2位2点、3位1点をつける形は従来通りだが、これまでとはずいぶん違う。
編集部と選者の間で、「従来の定盤は外して(こだわらず)選んで下さい」と申し合わせがあったのではないかと推測する。
作曲家のアルファベット順に発表されるランキングは、これまで掲載の3回でバッハからハチャトゥリアンまでが終わった。
その範囲で言うと、例えばバッハでは、これまでどの曲でも決まって1位だったリヒターとグールドが、1つも1位をとっていないばかりか、中下位に落ち、曲によってはランク外だったりしている。
ショパンでは、アルゲリッチが変わらず強い一方、ポリーニが1位になったのは例のエチュードだけ、バラードやノクターンはランク外だ。
そんな方向転換の1つの象徴がベートーヴェンの「第九」。
このランキング企画に限らず、いわゆる名盤選びでは絶対的な存在だったフルトヴェングラー=バイロイトの盤が3位になっている。
どうやら、これまで鉄板とされてきた過去の名盤は、半ば意図的に脇に置かれているようで、今後の発表も興味深い。
ところで、もう1つ顕著なのは、「票が割れる」現象である。
この「第九」でも、複数の選者が票を入れた盤は上位の3つだけで、後は1人ずつ。
かつては、選考の候補となる盤が少なかったから、そうした盤の中で誰がどれを推し、票を集めるかという興味もあったが、20年、30年経てば新譜も蓄積されてくる。もし今回の企画が、従来の名盤にこだわらず選考する方針だとすれば、なおのこと候補の数は増えると思われる。
こうなってくると、もはや「ランキング」と言ってよいものか、という気がする。
加えて、選ばれた盤への評のスペースが以前に比べて小さくなっている。かつては、上位3つくらいの評が載ったり、選考結果について一部の選者が鼎談の形で振り返ったりしたものだ。今は、1位の盤の評と短い選考分析のみである。数字がバラけている中、選考分析も難しくなってきていると思うが、バラけた数字だけを見ても意味がない、と言う気がしてくる。
もし今回の企画が私の推測通りだとするなら、もうランキングの形はやめてしまったらどうかと思う。
それよりも、「私はこの盤がこういう点で優れていると思う」「私はこの盤をこういう理由で推したい」といった評を読みたい。
例えば、「第九」で言えば相場ひろ氏が何故ヴァンスカ盤を推すのか、芳岡正樹氏が何故今メンゲルベルクを推すのかを、読んでみたい。
「名盤選び」でなく、数が増え演奏様式も多様化してきたクラシック音源の中から、自分はこれを採る、という主張を集めた企画の方が、ランキングの表を並べるよりもはるかに面白いと思うのだ。
票の「数」よりも票を投じた「理由」の方に重点を置いた企画ということだ。「名曲、私のこの1枚」とでも言おうか。
さらに言えば、「名曲名盤」の「名曲」にもこだわる必要はない。300曲、500曲のラインナップはいつも同じようなものだが、それよりは「知られていないがこの曲をこの演奏で聴いてごらんなさい」という企画もあって良いと思う。
今回の企画については続編を興味深く待ちたいと思う一方、将来的な企画のあり方としてはそんなことを考えるのである。