naokichiオムニバス

67歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

才能のマルチ化と水準の向上

昨2日(火)、新浦安のTSUTAYAで、山田優のファーストアルバム、「MYUSIC」を借りてきた。

さっそく、今日3日(水)朝の通勤の際に、ウォークマンで聴いてみたのだが・・・。

いやあ、びっくり!

山田優って、こんなに歌、うまいんだ。知らなかった。

安室奈美恵系の音楽だが、ヴォーカルも安室奈美恵にけっして劣らないうまさだと思った。

何故びっくりしたかと言うと、「だって、山田優って、もともとモデルさんだよね」という思いが、瞬間あったからだ。

改めて山田優の経歴を調べてみれば、彼女は、沖縄アクターズスクールにいた人で、東京での芸能界デビューも、ダンス・ポップ・ユニット「y's factory」のヴォーカルとしてだったそうだから、歌を歌うことはそもそも本業。

このへんは私の誤解でしかない。

ただ、そうした誤解を別にして、「モデルさんが歌がうまい」ことへの違和感が何故私にあったかとふりかえるに、それは、私の世代ゆえのことだと思い至る。

つまり、「モデル」と「歌手」は、「別の職業」だという意識だ。

今、自分の中で中心的な位置にあるクラシック音楽に親しむようになったのは、高校に入ってからのことで、小学生、中学生の頃は、もっぱら歌謡曲の人間だった。

たとえば昭和40年代。
名前を挙げて申し訳ないが、当時確固たる地位を築いていた、例えば吉永小百合浅丘ルリ子といった人たちが、レコーディングをすると、女優としての名声とはまったく裏腹に、気の毒なほど、心許ない歌唱力だと、子供心にも感じさせられたものだ。

やっぱりプロの歌手はプロの歌手。女優が余技で歌う歌は、それだけのものでしかない、と思った。
つまり、「歌手」と「女優」は、「別の職業」だ、と。
これは、私の世代から上の方には、おぼえのある感覚だと思う。

それから、同じプロの歌手の中でも、昭和40年代から50年代の「女性アイドル歌手」は、また「別の職業」だったと言える。
これは具体的に名前は挙げないが、当時、歌番組を席捲していた、超人気アイドルたちは、おしなべて、ルックスが魅力的であっても、歌唱力は貧しかった。
それが、また一つの魅力でさえあった時代だ。

さらに、昭和40年代初頭までの歌謡界においては、「作詞家」「作曲家」「編曲家」というのは、別の人であるのが普通だった。
作詞岩谷時子、作曲吉田正、編曲森岡賢一郎、とかね。
だから、加山雄三が出てきて、つまり「歌を歌う人が作曲もできる」というのは、信じられない驚きだった。

その驚きからいくらも経たない翌年くらいに、荒木一郎が出てきた。彼は、作曲と歌に加えて、詞も自分で書くと言うのだ。これはさらに信じられないことだった。
「作詞家」「作曲家」「編曲家」の分業が当たり前だった時代だ。早い話、作曲と歌唱は同じ音楽の世界であっても、「詞を書く」という行為は国語。頭の中で使う筋肉、思考回路が違うだろう、という感覚があり、それを一人でやれる、という才能が信じられなかった。天が二物を与えた、という感じだった。
シンガーソングライター、などと言う呼び方はまだなく、「自作自演」と言っていたものだ。

このように、私が育った時代、一つ一つの行為、作詞、作曲、歌唱、あるいは芝居というものは、それぞれに別個の才能を要求されるものだ、という認識があった。

端的に言えば、「歌は下手だけど、女優さんだから仕方がないよね」という感覚が、視聴者側にはあった。
また、とてもかわいいアイドル歌手が、歌は下手だ、ということが、むしろある意味での安心感を生んでもいたわけだ。「そんなに何もかもいいことずくめじゃ、ねぇ」と。
だから、そこへ、複数の行為を一人でこなせる人が出てきたことは、もう、驚くべき才能の持ち主、と受け止めざるを得なかったわけだ。

そんな、もう40年も前の感覚が私の中に残っていて、山田優のデビューアルバムを聴いて、つい、知識不足も手伝っての、不用意な感想を持ってしまった、という次第。
つまり、「モデルさんなのに、歌がうまい」と。

今では、アーティストが自分で詞を書き、曲を書いて歌う、ということに、何の驚きもない。
いや、むしろ、他人に書いてもらった作品を歌う、というと、つい、何か格が低いような感じがしてしまうこともある。

そういう感覚に陥ってしまうほど、現在は、マルチな才能を持っている人がいくらでもいる。
音楽の世界にとどまらず、例えば、工藤静香が絵を描いて二科展に入賞するとか、そういう活躍も珍しくはない。小説を書く歌手(さだまさし)、映画の監督をする歌手(小田和正桑田佳祐石井竜也)だっている。

また、歌の世界に限定しても、歌唱力のレベルアップは著しい。
山田優の歌唱力に驚いたというのは、誠に失礼な話であるが、昨今は、例えばフジテレビあたりの、女子アナ中心のバラエティ番組などで、彼女たちがカラオケで歌う場面を見ても、かつての感覚からすれば、「アナウンサーという職業」の人、つまり歌は素人のはずの人たちが、プロ顔負けの歌唱力を備えている。
この前観た番組では、石本沙織アナが歌う宇多田ヒカルの「Flavor of Life」や、高島彩アナと中野美奈子アナがデュエットするドリカムの「サンキュ.」に感服した。

こうした、才能のマルチ化、また、それぞれの才能分野のレベルアップはどこから来ているのだろう。

ここ40年の間に、何が変わったのだろう、と思うに、やはり、それは「世の中が豊かになった」からであり、「技術(テクノロジー)が進歩した」からではないか、と感じる。

とりあえず音楽に限定して言うなら、例えば、私が子供の頃と違って、今なら、ピアノくらい、たいていの子供が習っている。ピアノに限らず、楽器、音楽の教育にふれる機会は増えている。

また、テレビ、ラジオ、CD、ダウンロード・・・。
音楽にふれる機会も比べものにならない。

そして、カラオケの発達。
昔は、カラオケなんてなかったしね。私がカラオケというものを知ったのは、大学の時だもの。

要するに、音楽の情報に接すること、音楽の経験を積むことにおいて、量的に格段の違いがあるのだ。

そして、重要だと思うのは、そこに競争が生まれるということだ。

水準の高いものにふれて育った人間が、その水準の中で競争する。
あの昭和40年代のアイドルたちは、おそらく、今の時代だったらデビューすることもできないのではないか。

音楽以外の分野についても同様だと思う。
たとえばスポーツ。端的な話、先日のオリンピックを思い出してもそうだ。世界記録が更新されていく、という事実の背後には、肉体の能力を伸ばす技術、またそれをサポートする道具の発達がある。バックにはやはり金銭的なものもある。

かつては考えられなかったことができるようになる。
自分自身ではできないにしても、才能ある人がさらにレベルを上げて何かをして見せてくれる、そういう場面に立ち会うことは、やはり人生の大きい喜びだと思う。

何気なく借りてきた山田優のアルバムを聴いてのびっくりから、そんなことをあれこれ思ったのでした。