GPの記事にも書いたが、震災の影響で、開催自体が危ぶまれた市民演奏会が、こうして当初企画のオペラとは別の形になったとは言え、無事に終了したことは、演奏者にも、聴衆にも、いつもとは違う感慨があったと思う。
震災から丸9ヶ月となる11日に、被害甚大だったこの浦安で、こういうものができたことに、人それぞれの浅からぬ思いがあったのではないか。
(実際、妻から聞いた話では、周辺の客席からは、しばしばすすり泣きが聞こえたとのこと。市外から来た者がこんなところで聴いていていいのかと思った、と言っていた)
演奏自体についてふりかえると、いつものことだが、市民演奏会の場合は、独特の難しさがある。
たぶん、細かいことでもっと言いたいことはあるんだろうな、と弾いていて感じることが多々あった。
練習時間全体の制約がある中、先生としては、オケに対して、合唱に対して等々、ご自身が設定するレベルまでを具体的に指導し、後は、それぞれの団体の自助努力にまかせる、という方法にならざるを得ないのだろうと、個人的には推測する。
だから、オケとして、直接言葉にされない部分を自分たちで察知して修正できるのか、が試されていることになる。
それが不充分であれば、つまり、先生に「妥協」を強いることになる。
それが不充分であれば、つまり、先生に「妥協」を強いることになる。
私自身は、充分にそこができたとはとても言えない。毎回の反省だが。
あと、関連して個人的に思うのは、こういう内容のプログラムに取り組むモチベーションのことだ。
第1部には、名曲の数々を並べ、第2部のフィナーレは、圧倒的な物量での「1812年」序曲。そして、全員で「故郷」を合唱。
つまり、ある意味では、成功と感動が約束されているようなプログラムと言える。
演奏にアラがあっても、ということだ。
演奏にアラがあっても、ということだ。
そうした中で、どこまで演奏を高めていくか。その、メンタル面でのアプローチについて、私自身はうまくいったとは言えない。どこか自分で妥協したところがある。
純クラシックを演奏するふだんの定期演奏会とは、やはり大きな違いがある。
その切り替えがうまくできなかった。