naokichiオムニバス

66歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

昔はなかったもの~パソコン<2:パソコンとの出会い>

事務所にパソコンが置かれるまで

人生において、パソコンというものを知らずに生きてきた私が、その存在にふれたのは、会社でだった。

時期としては、入社後3年勤務した本社の経理部を離れ、品川の支店に転勤した後。
記憶をたぐれば、支店に勤務していた1982年か、千葉の工事事務所に勤務していた1983年か、そのへんだ。入社5年目、6年目。年齢としては27歳、28歳の頃だ。

新しいものが好きな若手中心の、パソコン同好会、みたいなものがあった。
会社に許可をもらって、自分たちが買った私物のパソコンをフロアの隅っこに置き、何やらやっていたと記憶する。
私はメンバーではなかった。

やがて、その同好会のメンバーが、パソコンを業務に導入してはどうか、と会社に提案した。

ある時、会社の事務担当者会議が行われた。支店勤務、現場事業所勤務の事務担当者が支店に集まっての会議だった。
その席上で、同好会から提案された、パソコンの業務使用について、討議したのをおぼえている。

当時、パソコンというものが、世間に出まわり始めていることは、みんな認識していたと思うが、いかんせん、そのパソコンで具体的にどんなことができるのか、イメージがわかなかったと思う。
コンピューターと言えば、本社にある大型コンピューターであり、自分自身には直接関係ないもの、という感覚もあったかもしれない。

「いずれは使うことも考えなければいけないかもしれないが、現時点では時期尚早ではないか」などの消極論も多かったように記憶している。

「パソコンで仕事をするのは時期尚早」だもんね。今からすれば驚く、あるいは笑ってしまうような議論だが、当時は大まじめ。

パソコンがない状態で仕事をしてたわけであって、今のように、パソコンがないと仕事ができない、というのとは正反対の状況だったのだから。

それでも、その後、この話は進行していったようだ。

全社的な取り組みではなかったと思う。

私のいた支店は、支店長の方針で、その前からQC活動に取り組んでいた。担当者が一人選任され、その者が、管内の事業所をまわって、QCサークルを作らせ、QC手法(ブレーンストーミングパレート図、特性要因図等)を教え、活動させた。

そういう、支店独自の新しい取り組みの一環として、パソコンを導入することになったようだ。

他支店の状況は知る由もなかったが、おそらく全社の中でも先駆的な取り組みではなかったかと思う。

各事業所に、パソコンが1台ずつ設置された。
私がいた千葉の工事事務所にパソコンが入ってきたのは、たぶん、1984年の初め頃ではなかったかと思う。

当然デスクトップ型。NECのPC-8801という機種だった。パソコンの代名詞ともなった、PC-9801の一つ前の機種だったと思う。
本体、ディスプレイ、ドットインパクト式のプリンタが、事務所の一角に置かれた。

そして、パソコンの指導担当者(前記のQC活動の担当者と同じ者)が、事業所をまわって、使い方の指導をしてくれたのだった。

私の支店のパソコンの展開方針として、アプリケーション・ソフトについても、標準装備すべきものを定めていた。

ワープロソフトの「松」、表計算ソフトの「ロータス1-2-3」、データベースソフトの「データボックス」。

今、デスクワークとして行っている仕事は、この3つのどれかを使って処理することができる、というのが、担当者の説明だった。

担当者が、デモンストレーションとして、キーボードをたたき、何かの書類を作成して、プリントしてみせた。

私が一番インパクトを受けたのは、プリンタからの出力だった。

前回の記事に書いたが、コンピューターの「アウトプット」というのは、入力伝票の処理を電算部門に依頼すると、後日届けられるもの、だった。

事務所に置かれたドットインパクト式のプリンタは、今のようにバラバラの普通紙ではなく、電算部門から届くアウトプットのような、両端に穴の空いた連続用紙だった。

プリンタが、ジジジジ、カタカタと動いて、連続用紙に文字を印字していくのを目の当たりにして、おーーーー、と感激したのだった。

「プリンタからのアウトプット=コンピューター」というイメージが強かったので、それが、本社の大型コンピューターでなく、こんなプレハブ建ての出先の工事事務所に置かれた小さな機器一式から出てくる、というのは、まさに「パソコン時代到来」を実感させるものだった。

こうして、それまでなかった事務機器として、デスクトップパソコン1台が、私の従事する工事事務所にやってきた。

28年前のことだ。当時28歳。今日に至る、パソコンとのつきあいの始まりである。

ちょっとずつおそるおそるさわっていった時期

そうは言っても、支店の指導担当者が帰ってしまえば、基本、そのパソコンには誰もさわらないのが実態であった。

繰り返すが、今は、パソコンがなければ仕事ができない、という状況ではあるものの、当時は、パソコンがない、パソコンを知らない状態で仕事をしてきたわけだ。

事務所にパソコンが置かれたからと言って、さてこれをどう使うのか?
今、各自がしている仕事を、どのようにパソコンを通じてやるのか?

そういう状態だったわけだ。

とりあえず、パソコン自体になじむには、まずはゲームから(笑)だな、との話になり(これは、支店の担当者もそう言っていたと思う)、しばらくの間、事務所の者がパソコンの前に座るのは、もっぱらゲーム、という時期が続いた。

おそるおそる、という感じがあったなあ。

何しろ、事務機器としても電気製品としても、未知のものだ。誰もさわったことがない。
さらに、相当な精密機械だろう、というイメージもある。

下手に扱って、1事務所1台の高価なパソコンを壊してしまうのでは、なんてみんな思ってたよな、あの頃。