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松井秀喜選手の引退表明に

松井秀喜選手が現役引退を表明した。

今シーズンは、開幕を迎えてもどの休団とも正式な契約を結ぶに至らず、その後レイズでプレー。しかし、短期間で戦力外となった後は、去就が決まらずにいた。

そんな実情からは、やっぱり、という面はあるものの、しかし、残念と言う他はない。

その昔、星稜高校松井秀喜という大物がいる、との情報はスポーツ紙等で得ていた。

そして、1992年、あの夏の甲子園での5打席連続敬遠。ちょうど20年前のことだ。
この試合を、私はお盆休みで帰省中の実家で観ていた。
おやつ時と記憶するので、第3試合くらいだったか。

私の場合、それに先だって、「ドカベン」で、中二三夫(あたる ふみお、江川学院)が山田太郎に5連続敬遠をしたのを読んでいたので、現実の高校野球でそれが起きたことに驚いた。

その時、「今高校3年のこの選手は、きっとプロ野球で活躍するだろう。38歳までプレーするとして、今後20年くらいは楽しみだ」と思ったのをおぼえているが、図らずも20年後の今年、引退ということになってしまった。

併せて、自分もそれだけ歳をとったんだ、と痛感させられる。
(その作戦に出た、明徳義塾馬淵史郎監督は、今でも指揮をとっている)

結果的に、日本で10年、アメリカで10年の球歴。

先日、イチローは、かつて松井が所属したヤンキースと来年からの2年契約を結んだ。
1歳年下の松井も、どこか活躍の場はなかったか、と思うが、手首の骨折や両膝の故障などを経てきたことからは、選手寿命が違うのもやむを得ないかもしれない。

しかし、松井は、2009年にヤンキースで、ワールドシリーズのMVPを受賞するという、イチローがいまだなしえていない偉業を達成している。これは松井自身も、日本の野球界も誇るべきことだと思う。
(それにもかかわらず、松井は、翌年ヤンキースでプレーできなかった)

松井がずっと日本でプレーしていたら。
あるいは、来年以降日本球界に復帰したなら。

野球ファンとしては、それぞれに思いがあるだろうが、松井本人は、今般引退することに悔いはない、としており、それを一番重く受け止めるべきかと思う。

ジャイアンツ時代の1998年、2000年、2002年と、松井は、ホームランと打点の2冠を3回達成している。
その3回目の2002年、日本での最後の年、首位打者を獲得したのは、ドラゴンズの福留孝介選手だった。
松井の.334に対して福留は.346だった。
松井が首位打者と最も僅差だったのがこの時。数字の上で三冠王に一番近づいたのがこの年だった。

松井の三冠王を阻んだ福留選手は、来シーズン、アメリカから日本球界に復帰し、タイガースのユニフォームを着て、福留自身、また松井もかつて輝いた場所である甲子園で現役を続ける。

何とも言えぬ感慨をおぼえる。

相前後して、松井選手に来年第一子誕生の報道もあった。指導者としての野球人生もこれから待っているだろう。

人間松井秀喜、野球人松井秀喜の今後を、引き続き楽しみに見守りたい。