2003年6月、会社の後輩であるH君が44歳の若さで亡くなって、今年で10年経つ。
もう10年か、と時の流れを思う。
もう10年か、と時の流れを思う。
H君は、1981年(昭和56年)の入社。私より3年後輩にあたる。
彼が入社して間もなく、当時私がいた品川の支店に配属されてきて、一緒に経理の仕事をした。それが彼との縁の始まりだ。
非常に初々しい印象の好青年で、いつも元気にやっていた。
特に印象に残っているのが、毎日の退社時、オフィスから廊下への出口のところで、フロア中に聞こえる大きな声で、「お先に失礼します!」と言いながら、深々とお辞儀をして出て行く姿だった。
私が座っている席から、それがよく見えたので、特に印象に残っている。
私が座っている席から、それがよく見えたので、特に印象に残っている。
初めて500円硬貨が発行された時に、社用で銀行に行くH君に財布からお金を渡し、500円硬貨に両替してきてもらったことがある。
そのように、H君にまつわる思い出は色々ある。
病状は非常に厳しいという話で、心配していたのだが、6月30日、支店から残念な知らせが入った。
7月2日が通夜、3日が告別式との日程が決まり、告別式に参列することにした。
2日の終業後、東京から新幹線に乗り、もう23時になろうという頃、広島に着いた。
ホテルにチェックインした後、遅くはあったが、近くの店に飲みに入った。
遺体にまだ対面していないその時、自分よりも若い、あの元気なイメージしかないH君が死んでしまった、という実感がまだ持てなかった。
ビールを飲みながら、彼のことをあれこれ思い出した。
上に書いた、品川の支店での、元気に挨拶しながら一礼していたH君の姿が脳裏に浮かんだ。
その時、私には、20年以上前、デスクで毎日それを見ていたあの時から、今こうして、彼の葬儀のために広島に来ることが決まっていたような気がした。
当時から、今この時のことを知っていたような、不思議な感覚だった。
当時から、今この時のことを知っていたような、不思議な感覚だった。
一夜明け、広島駅近くにある斎場での告別式に列席。
確か雨だったと記憶する。
確か雨だったと記憶する。
棺の中に横たわるH君と対面した。現実を受け止めざるを得なかった。
皆が涙していた。
はずせぬ会議の予定があったため、出棺直前に斎場を後にして帰京した。
以後、毎年この時期になると、H君のことを思い出す。
あれから10年。
あれから10年。
彼の分も、会社のためにがんばらなければ。