日 時 2015年2月17日(火) 18:30開場 19:00開演
会 場 サントリーホール
指 揮 尾高忠明
管弦楽 札幌交響楽団
曲 目 シベリウス 交響曲第5番変ホ長調
シベリウス 交響曲第6番ニ短調
シベリウス 交響曲第7番ハ長調
[アンコール] シベリウス アンダンテ・フェスティーヴォ
会 場 サントリーホール
指 揮 尾高忠明
管弦楽 札幌交響楽団
曲 目 シベリウス 交響曲第5番変ホ長調
シベリウス 交響曲第6番ニ短調
シベリウス 交響曲第7番ハ長調
[アンコール] シベリウス アンダンテ・フェスティーヴォ
昨年の演奏会は、当日券を買って聴いたのだが、その前年、第1回に行かなかったのは、自分でもどうしたことだったのかと、今にして思う。よほど忙しかったのかな。
今回の席は、LB扉から入って、2階5列3番。
オケをほぼ左横から見る形だ。
オケをほぼ左横から見る形だ。
どうやら後者だったようだ。
楽員がステージに入ってくると、大きな拍手が沸いた。これは、2回の休憩開けの楽員入場でも同じだった。つまり、楽員入場の拍手は、計3回。
楽員がステージに入ってくると、大きな拍手が沸いた。これは、2回の休憩開けの楽員入場でも同じだった。つまり、楽員入場の拍手は、計3回。
コンミスは、最後に一人で入ってくるのでなく、楽員が入場し始めた最初の方に入ってきて座った。ピアノ椅子でなく、他の楽員と同じ椅子だった。
男性楽員が、皆、燕尾服を着ているのに、指揮の尾高氏は平服。
指揮棒を持たずに指揮をされたが、去年もそうだったっけ。
5番、6番、7番。
誠にこたえられないプログラムを、大いに堪能した。
例えばマーラーなどが、特殊楽器も含めて、巨大な編成でシンフォニーを書いたのとは対照的だと思う。
言ってみれば、パレットの上に、多種多様な色彩の絵の具を持たない形で絵を描くようなものだと思った。
しかし、控えめな編成の、ごく当たり前のオーケストラから、シベリウスという人は、何と独自の音響を創出したのか。
時に幽玄。
時に牧歌的。
時に清冽。
時に雄渾。
時に牧歌的。
時に清冽。
時に雄渾。
そんなことを改めて実感した、この日の演奏だった。
5番を聴きながら、この曲を初めてレコードで聴いた時のことを、ふと思い出した。
大学3年の時、バーンスタイン=ニューヨーク・フィルの、5番と7番のカップリングのレコードだった。
2番、1番の次に買ったのが、5番と7番のこのレコードだった。
聴いて、どちらも、まあ、よくわからなかった。5番の曲締めの、和音の巨大な連打だけは、強く印象に残ったが。
大学3年の時、バーンスタイン=ニューヨーク・フィルの、5番と7番のカップリングのレコードだった。
2番、1番の次に買ったのが、5番と7番のこのレコードだった。
聴いて、どちらも、まあ、よくわからなかった。5番の曲締めの、和音の巨大な連打だけは、強く印象に残ったが。
あれから歳月を重ね、こうして5番の魅力を堪能できるようになったことを、幸せだと思いながら、ステージ上の演奏を聴いた。
3楽章の最後、音楽がEsDurに収斂する瞬間のカタルシスは、無類だった。オケの力を感じた。
この5番は(そして6番も)、曲が終わってしばし、拍手が出なかったのが、とてもよかった。
今回の演奏会は、3つのシンフォニーの間に、2回休憩が置かれた。5番の後が15分、6番の後が10分。
5番の後だけでもいいように思うが、6番の後にも休憩を置きたいという指揮者の意向だろうか。
(一昨年、日本フィルで、3番、6番、7番というプログラムの演奏会を聴いたが、この時は、指揮者の意向で、6番と7番はアタッカで演奏された。それとは対照的だ)
5番の後だけでもいいように思うが、6番の後にも休憩を置きたいという指揮者の意向だろうか。
(一昨年、日本フィルで、3番、6番、7番というプログラムの演奏会を聴いたが、この時は、指揮者の意向で、6番と7番はアタッカで演奏された。それとは対照的だ)
6番も、申し分のない演奏。
そして、チクルスの最後をしめくくる7番。
もともと思い入れのある曲だし、浦安オケで、自分でも演奏した経験があるので、格別な思いで聴いた。
音楽に動きが出てくるまでの、ゆったりとした前半部分は、私の好みとしては、もう少し抑制的、瞑想的であってもよかった気がした。
一方、神の声であるトロンボーンには、雲間に差し込む光を見るような神々しさ、あたりをはらう力強さがもっとあってもよかったように思う。ただ、これは私の座席の位置によるものかもしれない。
それはともかく、例の、曲尾近く、練習記号Xのラルガメンテ。弦だけの凛烈な響きには、圧倒された。
この7番、曲が終わった時の、何人かの早すぎる拍手が、本当に残念だった。他の聴衆がそれに和せず、一旦拍手がやむ時間があったのは、札響ファンばかりでなく、多くのシベリウスファンも会場を埋めていたことを感じさせてくれた。
さて、この、こたえられないプログラム。
3つのシンフォニーを聴いて、しかも最後が7番。その後に、アンコールはなくてもいいかな、と思っていた。
しかし、ファーストヴァイオリンの譜面台を見ていたら、7番の最後のページがめくられた時に、さらに1枚楽譜が置かれているのがわかった。
しかし、ファーストヴァイオリンの譜面台を見ていたら、7番の最後のページがめくられた時に、さらに1枚楽譜が置かれているのがわかった。
そうか、何かあるんだ。
そして。
もし7番の後に、何か演奏されるのであれば、私としては、是非あの曲を、と内心願っていた、まさにその曲を、演奏してくれたのだった。
至福でしたねえ。
札幌交響楽団、いいオーケストラだと、今回も思った。どれかのパートが突出することがなく、オケとしてとてもまとまっている、という印象。
盛大で、暖かな拍手が会場を満たした。
カーテンコールが繰り返される中、最後の2回、オーケストラの楽員が指揮者の指示に逆らって立つのを拒み、全員で指揮者に拍手を送る場面があった。我々アマオケでは、よくやることだ。
楽員にも、深い思いがあったのだろう。
おそらく来年以降も東京公演は続くだろうが、3年間のシベリウスチクルスを終え、来年からは何を聴かせてくれるだろうか。
それから、機会があれば、本拠地である札幌のKitaraで、このオーケストラの演奏会を聴いてみたいものだと思う。
(このコンビでのシベリウスは、既に1番から3番までがCDリリースされている。残る4曲もいずれ出るはずだ。楽しみだ)
※関連の過去記事
日本フィル定期演奏会~オール・シベリウス・プログラム
http://blogs.yahoo.co.jp/naokichivla/63643616.html
札幌交響楽団東京公演
http://blogs.yahoo.co.jp/naokichivla/64161575.html
日本フィル定期演奏会~オール・シベリウス・プログラム
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