naokichiオムニバス

68歳、ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

宇野功芳氏死去・・・

今さっき、相場ひろ氏のTwitterで、宇野功芳氏の逝去報道を知った。

とうとう・・・、と思った。

老衰とのことだ。

レコード芸術」では、交響曲の月評を、今年の1月号から、療養のためとの理由で休まれていたが、3月号で、月評評者から勇退される旨が発表された。

同じレコ芸の連載記事は、昨年の12月号で、「宇野功芳の見たり、聞きたり」が最終回となり、さみしく思っていたところ、今年の4月号に、新連載として「宇野功芳の閑話芳題」がスタートした。

この連載は、数ヶ月ごとに掲載されるとのことだった。2回目が、最新号である6月号に掲載されたので、おそらくこれが最後の原稿になったと思われる。

この新連載、2回とも、ご自身の健康状態についてふれられている。硬膜下血腫の手術をされたそうで、足腰が弱って外出は車椅子になってしまったことなどが書かれている。

宇野氏には、長くお世話になってきた。

1971年、高校1年の時に、それまで歌謡曲フォークソングが好きだった私は、クラシック音楽を聴くことを思い立った。

そう思って、最初に買ったクラシックのレコードが、フルトヴェングラーの「運命」「第九」の2枚組だったが、そのライナーノートが宇野氏だった。

フルトヴェングラーの「第九」、最後のプレスティッシモについて、「ここは人類が神の前に進み出ていくところであり、音楽を超えているのだから、さすがのベートーヴェンもそこから先は書けなかった。フルトヴェングラーの超快速なテンポこそが正しい」、「他の指揮者は交通整理をしているだけ」などと書いていたのを、今でもおぼえている。

当時、宇野氏は、レコ芸では協奏曲の月評を担当されていたが、時に過激な表現も辞さない、はっきりとした論調で、私には参考になった。

宇野氏の批評や著書を読み重ねるにつれて、氏がほめる、あるいはけなす演奏なら、こうだろう、と大体見当がつくようになった。

大木正興氏、吉田秀和氏、髙崎保男氏、柴田南雄氏、出谷啓氏、畑中良輔氏、小石忠男氏、このあたりが、私が他にお世話になった評論家である。

批評の内容が自分の感性と合うかどうか、という点では、宇野氏は私にとってベストワンの存在ではなかったが、直前までレコ芸で健筆をふるっておられたし、著書が多かったこともあり、クラシックを聴き始めてから45年近くの期間で、最も重要な評論家であったことは間違いない。

1930年、昭和5年生まれの86歳。母と同い年だ。信頼してきた音楽評論家が、一人また一人と鬼籍に入っていくようになり、宇野氏もいつかは、と頭にはあった。

いつかは来る日がとうとう来てしまった、という感じだ。

前記2回目の連載では、「宇野功芳の軌跡(仮題)」というムックを制作中であるとされていた。語り起こしのために、週1回音楽之友社に出かけているが、その時は不思議に元気になると書かれていた。

このムックは、完成出版に至るのだろうか。

宇野さん、長い間、ありがとうございました。