途中、24番のバス停が「今川橋」という名前になっていることに気づいた。
最近まで、この24番は、「順天堂浦安病院」というバス停だった。
いつ変わったんだろう。
運営委員会が終わった後、帰りは、新浦安駅まで歩いてみた。
その際、バス停を見てみると、前の名前がまだ側面に残っているのが面白い。
この病院には、2004年の夏から約5年、木更津の父を定期通院させた。
私か妻が、早く来て予約をとり、木更津から来る父と母と落ち合い、診察後は、どこかで食事をしたりするのが、習慣だった。
今川橋と順天堂大学浦安病院。
私にとっては、思い出のある風景だ。父も母も亡き今、ちょっとせつなくなる。