ここ数日、夜、会社を出て、日本橋さくら通りなど、咲き誇る桜の樹の下を歩いて帰ることが続いた。
そうした時に思ったことがある。
我々日本人は、夜桜というものに、昼間見る桜とはまた違った風情を感じるところがあるが、そのことについてである。
ある晩、夜桜を見上げて歩いていて、ふと思ったのは、「夜見る桜って、見ようによっては、ただ白っぽいだけの花ではないか?」ということだった。
毎年毎年、桜の花を楽しみに見ている我々は、「昼間の桜」の上品なピンク色を知っていて、夜、同じ桜の樹を見ている。
その時に、昼間の桜が、夜には違う様相を見せることを、対比して楽しんでいるところがあるのではないか、と思った。
会社帰りによく歩く、呉服橋の交差点近く、外堀通りのヤマダ電機のあたりでは、外国人観光客が観光バスを乗り降りする場面に遭遇するが、例えば、たまたま夜の時間帯にバスを下りて歩いている外国人が、桜の樹を目にしたとしても、わあー、すばらしい、とは思わないのではないか。昼間の桜を知らなければ。
そんな気がしたのだ。
昼間の桜を知っていることが、夜の桜を見る時に、何かを補充?するような効果があるように思うのだ。
ちょっと別の話になるが、この写真。
もうだいぶ葉桜になってしまっており、昼間だと、もう桜も終わりだな、とさみしく思ったりするのだが、こうして夜見ると、昼間ほどには葉も目立たない。
どこか頭の中で、盛りの頃の桜を補充して見ているような気もした。夜の桜は、そんな見方ができるのかもしれない、と思った。