naokichiオムニバス

68歳、ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

新国立劇場「ばらの騎士」

イメージ 1


3日(日)、新国立劇場で、「ばらの騎士」を観賞。

ばらの騎士」の実演には、若い頃、おそらく20代の時に、一度接している。あれは、日生劇場だったか、新宿文化センターだったか。もはや記憶にない。

久しぶりに実演にふれたい、とはかねてから思っていて、2015年に同じ新国立劇場で上演された時には、絶対行くのだ、と意気込んだものの、公私多忙のため、とうとう行けずに終わっていた。

今回、思ったよりも早く再演されることとなり、めでたく念願がかなった。

午後のオペラで妻と新国立劇場に行く時は、オペラシティのHUBで食べてから入るのが恒例になっている。

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4


入場。

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7


出演者変更のお知らせが出ている。オクタヴィアンか。重要な役どころの歌手が変更とは。

イメージ 8


こちらが入口でもらった出演者リスト。

イメージ 9


休憩含めてジャスト4時間。「リング」に比べると短い、と思ってしまうが、充分長いね(笑)。

イメージ 10


我々の席は、2階1列38・39番。

ばらの騎士」については、かつて吉田秀和氏が、「私には、モーツァルトを除けば「ばらの騎士」こそ、最もオペラ的なものの精華なのである」と書いていた。

その評価を実感できる、大満足の公演だった。

まさに、リヒャルト・シュトラウス、練達の絶品という他はない。

1幕。何と美しい音楽であることか。

オケには、もっともっと溢れるような、歌を負かしてしまうほどのサウンドを聴かせてくれたら、と思ったりもしたが、東京フィルの演奏に不満を感じたというわけではまったくない。

幕間、外に出てひんやりとした外気にあたる。

イメージ 11


ホワイエで、檀ふみさんを見かけた。後で気がついたが、プログラム冊子に、文章を寄せている。

(生の檀ふみさんを見るのは、確か2回目。前回は、1974年1月、高校3年の時に、三田の慶應義塾大学で行われた駿台予備校の模擬試験でだった)

2幕の楽しさ。

この作品、歌劇でも楽劇でもなく、「音楽のための喜劇」というのが正しいタイトルなのだそうだが、コメディとしての作り方、書き方が本当にすばらしい。ホーフマンスタールとシュトラウスの共同作業の最高の成果の一つではないだろうか。

(最近、「リヒャルト・シュトラウスとホーフマンスタール」(三宅新三著、青弓社)という本を買った。まだちゃんと読んではいないのだが、この本で勉強したい)

オックス男爵というキャラクターが実に良い。オペラには、しばしばストーリー上の仇役、悪役でありながら、実は重要人物、というのが出てくる。その中でも、このオックスはピカ一の存在だろう。これに比べると、「マイスタージンガー」のベックメッサーあたりは、小物という感じがしてしまう。

あの魅力的ないくつものワルツを、オックスに割り当てる着想の何とすばらしいこと。

幕間、外はもう暗くなった。あと1時間だ。

イメージ 12


最終、3幕のすばらしさは、もう何を言ったら良いのかわからない。

2幕同様の、ドタバタ劇で楽しませた後、しんみりとさせ、最後は泣かせる流れ。

あの三重唱から二重唱のくだりは、本当にこの世のものとも思えない美しさだ。

全曲をしめくくる疾風のような音楽も小気味よい。この部分、今回の公演では、ハンカチが床に落ちているのではなく、舞台奥の卓上にあったものを小姓モハメットが持ち去る演技だったが、いつからハンカチがそこにあったのか、ちょっとよくわからなかった。

しかしとにかく、素晴らしいオペラだなあ、「ばらの騎士」。

フィガロの結婚」との共通点、「マイスタージンガー」との共通点は、よく指摘されることだが、それをしばしば実感しながら聴いた。「フィガロ」は、9月に自分でも宇奈月で弾いたことが、今回の「ばら」への基礎勉強にもなった。

歌手は皆すばらしかったが、やはり伯爵夫人のリカルダ・メルベートが一番だっただろうか。ゾフィーのゴルダ・シュルツもとても良かった。

オクタヴィアンは代役だったが、本来の歌手はどんな歌を聴かせてくれただろう、と思いつつも、ステファニー・アタナソフも充分素敵だった。ただ、最後の三重唱などでは、ゾフィーの方に歌の強さを感じた。

イメージ 13


ばらの騎士」は、是非もう1回か2回はできるだけ近い内に観たい。どこかでやらないだろうか。

それにしてもこのオペラ、もしウィーンで聴けたら最高だろうな。


指揮者にして作曲家という共通点があるが、マーラーの一連のシンフォニーと、シュトラウスの一連のオペラ、まったく甲乙つけ難い、音楽史上の宝物だ。分野が違うのだから、甲乙をつける必要もないだろうが。

個人的には、シュトラウス管弦楽曲(交響詩)などは、ほとんど聴かない。やたら響きが金ピカなだけで、魅力を感じないのだが、オペラになると俄然違って聞こえる。私だけだろうか。