naokichiオムニバス

66歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

怒濤の忘年会ウィーク2日目

忘年会ウィーク2日目。
労働組合の、昔の支部役員での集まりである。

私は、入社して3年間本社に在籍した後、品川にある支店に転勤した。
北浦和の独身寮から、品川まで通っていたのだが、その時期、その支店の組合員で構成される支部の役員を、5年間務めた。

私は、その前の本社在籍時代、組合活動にさほど熱心ではなかった。どちらかというと労働組合というものに、思想的に若干の反発を感じたりもしていた。

品川の支店に転勤し、組合の支部役員の声がかかった時も、決して積極的ではなかった。
しかし、この時に支部書記長の任にあったM氏という人に出会ったことが、私の考えを大きく変えた。

M氏の、他の先輩には見られない綿密、緻密、かつ熱心な組合での仕事ぶりは、それまでどの先輩、同僚にも見たことのないものだった。
組合活動は、仕事の片手間に適当にやるものくらいに思っていた私にとって、大きな驚きだった。

M氏は、私の隣の部署にいたのだが、もちろん会社の仕事においても、変わらぬ仕事ぶりで、尊敬できる人だった。
私のこれまでの会社人生で、自分に大きい影響を与えてくれた人の一人である。

そんなことで、私もそれまで余り乗り気になれなかった組合活動に、熱心になっていった。
そして、支部役員としての活動を重ねた末、結局は後年、本部専従役員として、6年間仕事をすることになる。
M氏自身は、本部専従としての活動はされなかったが、彼の存在がなかったら、私は本部で専従までやることはなかったと思っている。

今日の忘年会は、私がその支部の役員として活動していた、20年以上前、20代後半から30代にかけての時期、一緒に支部執行部で組合活動をしていた仲間で集まってのものだった。

今はもう定年に達し、関係会社等に移籍された方も含め、現在東京に勤務している人たちに声をかけた。
8人が集まった。今は本社の人事部に所属しているM氏も参加された。

せっかくなので、その当時、支部役員たちで、労使懇談会の後などに飲みに行っていた、品川駅港南口の「酔郷やぶ」という店を予約した。
当時の組合の会議は主に上野でやっていた。会議の後に毎回行っていた、京成上野駅そばの「樽正」という店の方が、我々にとってはなじみが深いのだが、この店は今はもうやめてしまっていて、あいにくだった。
次善の策として、品川の「酔郷やぶ」にしたのだった。
品川駅も、また港南口界隈も、今や当時とはまったく様変わりしてしまったが、そんな中、この店は、当時のままの場所に、当時のままの店構えで今でも営業している。

当時の思い出話や近況報告などに花を咲かせ、20年以上時が戻ったような楽しい時間だった。
また時々はこのメンバーで集まりたいものだ。