電車の中で読んでいたら、元前頭の川崎悟氏の訃報が載っていた。
7月16日に、脳出血で亡くなったという。59歳。父上が喪主を務めたそうだ。親に先立つとは、親不孝なことだ。
新聞にも載ったと思うが、気がつかなかった。知らなかった。
四股名は、川崎→錦洋(にしきなだ)→川崎→大峩(たいが)と変遷。
昭和45年3月場所で技能賞を受賞。技能賞というのは、例えば藤ノ川や栃東(先代)のような、小兵の技巧派がもらうものというイメージがあったので、押し相撲の錦洋が技能賞をとったのが、「なるほど、突き押しも、相撲の技能の一つなのか」と、非常に新鮮に感じられたのを憶えている。
しかし、糖尿病を患ったことなどから、期待に反して三役にも上がることがないままに、昭和52年5月場所を最後に角界を去った。
廃業後は、ちゃんこ料理店をやっていたが、その後、糖尿病の悪化で、目が不自由になり、マッサージ師の資格をとって働いていたことは、新聞か雑誌で読んで知っていた。
やはり、長生きはできなかったのか、という印象だ。
そう言えば、川崎氏が亡くなった少し前には、元大輝煌(だいきこう)の林正人氏も、同じ脳出血のため、41歳の若さで逝去している。
この人も、十両を1場所で通過しながら、幕内1場所勤めただけで終わってしまった。
将来を嘱望された力士が、期待通りに活躍できずに角界を去り、しかも、第二の人生も全うできずに、若くして亡くなる、というのは、あまりにもせつない。
せめて、ご冥福を祈る。