naokichiオムニバス

68歳、ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

今回の定期演奏会で演奏する曲について

23日(日)の本番で演奏する曲について、個人的な思い出や、本番に向けての気持ちなどを。

今回の曲目、一つの演奏会のプログラムとしては、文句のつけようがないくらい、よくできた組み合わせだと思う。

お客さんにとっては、中プロが同じシューベルトのシンフォニーで「未完成」なら、なお結構なのかもしれないが、それが5番であるところが、私に言わせればミソなのである。

J.シュトラウスⅡ 喜歌劇「こうもり」序曲


1970年、中学3年の時、木更津市民会館のこけらおとしとして、森正=N響の演奏会があった(木更津音楽協会主催。ちなみに、N響が千葉県内で公演を行うのはこれが初めてで、千葉市の音楽関係者が、「木更津に先を越された」と悔しがったとかいう話を聞いたことがある)。

中学3年の私は、歌謡曲フォークソングに熱中していて、まだクラシック音楽には興味がなかったのだが、天下のN響が来る、というので、当時つきあっていた女子と聴きに行った。

この時の前プロが、確か「こうもり」序曲だったと思う。
しかし、まったくおぼえていない。
(中プロが、グリーグのピアノ協奏曲(中村紘子)、メインがシベリウスの1番だった)

6年後の76年7月、大学オケのサマー・コンサートで、演奏する機会があった。
これで、曲になじんだのだったと思う。

レコードは、その演奏会の少し前に、当時の新譜の、ケンペ=ドレスデン国立歌劇場管弦楽団のものを買って聴いた。

そして、カルロス・クライバーの全曲盤が発売されたのが、その少し後。
レコ芸」の高崎保男氏の月評でも絶賛されたし、今に至るまで、「こうもり」と言えば、クライバーにとどめをさす、との評価にゆるぎはない。

クライバーは私にとって、学生時代からのアイドルだったので、その全曲盤はもとより、その後LDで発売された全曲映像、それから、序曲をとりあげた、89年のニュー・イヤー・コンサートのCDやLDも買った。

そして、何と言っても、86年5月の、そのクライバーバイエルン国立歌劇場管弦楽団の来日公演!!

アンコールで、クライバーが客席に向かって、「コーモリ!」と叫ぶやいなや始まった、「こうもり」序曲、さらに、ほとんど間を置かずに演奏された「雷鳴と電光」。
あの時ほどに、ワクワクと心が躍るような興奮をおぼえたクラシックの実演は、他にない。

2006年9月に、いつも呼んでいただいている、ユニ響(津田沼ユニバーサル交響楽団)の、定期演奏会で弾く機会があった。

そして、今回、自分の所属オケで。

難しい曲だ。とても難しい。
しかし、同時にまた、挑戦しよう、という気持ちにさせてくれる曲でもある。

たぶん、オケの多くのメンバーが同じ気持ちではないかと思う。

本番では、お客さまも自分たちも楽しめる演奏ができれば、と思う。


再三再四書いてきたが、シューベルトの5番は、学生時代から大好きだった曲だ。

発端は、大学オケの仲間とこの曲を合わせたことだった、と思う。
それがいつ頃だったのか、もう記憶も薄れているので、以下の記述は間違っている部分があるかもしれない。

場所は、今はもうない、国立(くにたち)東キャンパスのボロ部室。部室の中ではなく、部室入口手前の廊下じゃなかったかな。

公式のオケ練のためではなく、その時は、いつものように、ヒマなオケ仲間が、部室にたむろしていたのだったと思う。
で、違ってたらすみません、確か、1年先輩のフルートのKさんだった。「これやろうぜ」と、ポケットスコアを持ってきて、譜面台に置いた。

居合わせた者が、そのスコアをのぞきこみながら、1楽章から合わせたのだった。

もちろん、全部のパートはいなかったと思う。フルートと弦楽四重奏くらいの編成だったかな。

ヴァイオリンに、同期のMがいた。そして、ヴィオラは私が弾いた。

譜めくりをする者もなく、みんなで譜面台のスコアを見ながら弾いているので、見開きのページの終わりまで弾くと、そこで演奏がブツっと切れる。
それが可笑しくて、そのたびにみんなで大笑いしたのだけは、鮮明におぼえている。

その合わせがきっかけで、私はこの愛すべきシンフォニーを好きになったのだと思う。

ロンドンの廉価盤で出ていた、ベームウィーン・フィルのモノーラル盤を買ったのが、76年5月。
部室での合奏がきっかけで買ったのかどうか、今となっては記憶が定かでない。

オケで一度弾いてみたい、と思いつつ、これまでその機会はなかった。

浦安オケの選曲会議の時にも、時々名前は挙がるのだが、いつも途中で落ちてしまっていた。
理由は編成。クラリネット、トランペット、トロンボーンティンパニがなく、フルートも1本しかない。

ところが今回、中プロの検討をする中で、どうしたはずみか、モーツァルトの31番、40番と、このシューベルトが最終候補に残り、しかも、多数決の結果、圧勝してしまったのだった。
編成では31番、知名度や集客力では40番が優位だったはずだが、まったく意外だった。

以前から、シューベルトを推していた仲間である、フルートのMさんと、ハイタッチしたものだ。

長年偏愛してきた、シューベルトの5番が弾ける!

当然に、わくわくと楽しみにしながら練習に入ったのだが、これもここまで何度も書いてきたように、個人的には苦戦してきた。

モーツァルトの好きな曲、たとえば「ポストホルン」とかの経験だと、練習の最初から、楽しい、楽しい、と弾くことができたのだが、このシューベルトについては、どうしたことか、楽しめない。
こういう晴朗な音楽でありながら(だからこそ、と言うべきか)、何か、音を出すのがこわいというか、自信が持てないのだ。

モーツァルトシューベルトの、そうした違いは何なんだろう。

シューベルトのシンフォニーといっても、他には「未完成」しか弾いたことがないので、それだけの経験では、何も言えないのだが。
1番とか2番のシンフォニーを弾いてみたら、わかるだろうか。

しかし、ここ2週間の合奏で、やっと、自分なりには手ごたえを感じてきた。
「本番に間に合ってよかった!」という気持ちだ。

たぶん、この曲を演奏できる機会は、生涯最初で最後だろう。本番では、悔いなく弾けるといいのだが。
(しかし、昔からの経験では、思い入れの深い曲の本番って、たいていうまく弾けないことが多いのだ。大丈夫かな・・・)


ブラームスのシンフォニーの中で、最も早くレコードを買ったのが1番だった。
高校3年の時。ロンドンからカラヤンの来日記念盤として、廉価盤で出た、ウィーン・フィルとの演奏だった。
他の3曲を買ったのは、大学入学後だ。

実演では、75年3月、大学2年の時に、ベームウィーン・フィルの来日公演。
今でも伝説とされるブラ1の名演を、大学オケの仲間たちと聴きに行ったのが、懐かしい思い出だ。

ところでこの曲、浦安オケとしては、96年3月の第7回定期演奏会以来、14年ぶりの再演となる。
当時、私は入団2年目、3回目の本番だった。
木更津から、父母が聴きにきてくれたと記憶する。

ブラ1を弾いたのは、それが最初。

2回目は04年6月、大学の講堂の改修工事後のこけらおとし演奏会のために編成された一発オケに参加する機会があり、尾高忠明先生の指揮で演奏した。
この時は、妻の母が来聴してくれた。

   ※その時の過去記事 「一発オケの思い出③~「兼松講堂リニューアル記念コンサート」(04年6月)」
       http://blogs.yahoo.co.jp/naokichivla/34589780.html

この演奏会に向けては、自分としてはそれまでになく一所懸命個人練習もしたし、達成感があった。
本当に貴重な経験をさせてもらった。忘れられない幸せな時間だった。

それ以来、6年ぶりとなるブラ1だが、やはり、ヴィオラ弾きにとっては、本当に弾き甲斐のある曲だと思う。

密度が濃い。ぎっしりと中身が詰まった音楽、という感じがする。

終楽章の主部、ヴァイオリンのメロディの下につけて弾いていると、ヴィオラ弾きでよかった! という最高の快感がある。

これも挑戦し甲斐のある曲という他はなく、半年間、みんなでがんばってきた。
いいところまでこられた、と思う。

他の2曲も含めて、今の浦安オケの力を出し切れるといいな。

ところで、浦安オケでは、1年後、来年の春の定期演奏会では、同じブラームスの3番をメインにする予定になっている。

4曲のシンフォニーの中では、最も難しいと言われる3番。
今回の1番の経験をステップにしての新たな挑戦になる。

アンコール(内緒)


「ウィーン」をテーマとした今回の演奏会のアンコールも、同じ路線の曲となった。
候補曲を持ち寄った選曲会議に、私が提出した数曲の中の1曲が、最後まで残った。
ただ、私自身の中では、イチ押しの曲ではなかったのだが(笑)。

練習回数は少ないが、うまくまとまりつつあるので、本番で、どこまで「遊べる」か、楽しみだ。
指揮のY先生が、何かしかけてくれるかもしれない。みんなでついていけるか?