naokichiオムニバス

68歳、ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

「愛の流刑地」と「にっけいしんぶん新聞」

昨年秋に連載が開始された、日本経済新聞朝刊の小説「愛の流刑地」(渡辺淳一)が400回を越えた。

私は小説というものを余り読まないので、渡辺淳一の作品もそう多くを読んでいないが、以前大当たりした、例の「失楽園」は読んだ。

本作は、それ以来の日経新聞の連載ということで、結構鳴り物入りで始まったこともあり、初回から読んでいる。

作品の冒頭、入江冬香がかざした手の動きに、主人公の村尾菊治が「おや」と「風の盆」を想起する初回の出だしを読んだ時は、さすがプロの作家の書き出しだと感じたものだ。

しかし、以後、スポーツ新聞のお色気ページに載っているエロ小説か、と思うような閨房の描写がたびたび延々と書かれた頃から、世間では「天下の日経の朝刊にこんな小説が載っていいのか」という批判が出たようである(あ、この言い方、作中で作者が多用する表現です)。
会社でも、「何だ、あの小説は」みたいな声を周囲で聞いたこともある。
電車の中では恥ずかしくて読めない、という人も多かったらしい(ちなみに私は、毎朝通勤電車に乗る駅で、改札をくぐって、ホームに上がるエスカレーターに乗っている間にその日の分を読み切る)。

結局、冬香をベッドの中で、首絞めプレイの挙げ句に殺してしまい、現在は裁判の最中なのだが、殺した直後の話の進行がだらだらのろのろしていたことには、私もうんざりしたし、また、作中にしばしば出てくる、これは作者の思想の反映なのだろうが、今どきこんな、と思われる、旧タイプのジェンダー意識なども、時には怒りを感じるくらいである。

だったら読むのをやめればいいのだが、やめずにいる理由が、
「にっけいしんぶん新聞」
  http://nikkeiyokyom.ameblo.jp/
というサイトの存在である。

これは、「記者」という開設者が、日経新聞のさまざまな記事にコメントするブログなのだが、中でも「今日の愛ルケ」として、アップされる記事が無類に面白いのだ。

「記者」氏は、ほとんど連載1回分ごとに、作品に対するツッコミのコメントを書いている。

渡辺淳一氏自身が以前読んだインタビュー記事で語っていたのだが、執筆の書きためは、1週間分くらいなのだそうだ。「私が今死んだら、1週間後に連載は終わるんですよ」と、確かそのインタビューでは語っていた。
そのせいもあるのだろうが、紙上での連載を読んでいると、時間の経過に矛盾があったり、以前の記述と合わない記述が出てきたりする。
また、前記の「~のようである」を始め、「~なのか」など、プロの作家の文章とは思えないくらい、同じ表現が繰り返される昨今でもある。

そうした部分について、「記者」氏が、縦横無尽四方八方から斬り込むのである。

ある作家の進行中の作品に批判を寄せることの当否はあろう。
しかし、この「記者」氏のツッコミの着眼、また文章自体の面白さは全く卓抜である。
「記者」氏の文章に悪意はまったくなく、そこが救いであるのだが、本編の新聞連載自体にはうんざりしつつも、読むのをやめられないのは、私にとっては、「今日の愛ルケ」の方を面白く読むためのテキストとしての意味があるからだ。

このブログは大変な人気で、毎回の「今日の愛ルケ」には、100本を越えるコメントが書き込まれる。
私自身も時々書き込んだりしている。

ある文学作品について、批評会を行うというようなことは、古くからその道の同好の士の間では行われてきたのだろうと思う。
今のネットの時代、ブログというメディアを通じて、連載中の作品に、日々リアルタイムに論評が行われることが可能となった。作家にとってはある意味で脅威かもしれない。
私自身は、進行中の作品自体と、それをいわば裏から読むサイト上の記事を、並行して楽しめることを、面白く思っている。

それにしても、これだけ多数のコメントが毎回あるブログというのはそれだけですごいが、それはつまり、次の記事のアップが期待されて待たれているということでもある。
「記者」氏がどのような仕事をしている人なのかはわからないが、紙上掲載後余り間を置かずに記事のアップを続け、それも毎回毎回面白い内容にするというのは、本当に大変なことなのだろうと思う。

小説自体には、そういつまでも続いてほしいとは思わないのだが、連載が終わってしまうと、サイトの方を見る楽しみが減ってしまうので、その意味では、長期連載になってほしいと、屈折した期待をしている。

あ、それから、この作品は映画化が決まったらしい。村尾菊治役は、「失楽園」に続いて役所広司さんとのことだ。
相手役の冬香を誰がやるのかは未発表のようだ。
このブログの中でも、候補の女優さんは何人か名前が挙がっているが、私の好きな黒木瞳さんや石田ゆり子さんも取り沙汰されている。彼女たちには絶対やってほしくないのだが・・・。