naokichiオムニバス

66歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

【ネタバレご注意】2014.8.14 小田和正マリンメッセ福岡公演<3>

今回、バンドに園山(光博)さんがいないことについては、mixiの小田コミュでも大きな話題になっている。

和歌山公演の際、メンバー紹介のMCでそれに気づき、「えっ、じゃあ、さっきの「キラキラ」の頭のグロッケンは誰が?」と思った。

今回は、よくよく見ていたが、たぶん、栗尾(直樹)さんのキーボードかな?

「二人」。
独特の雰囲気のある曲だが、中盤で、同じメロディが長調に転調するところが、ぞくぞくっとするすごさを感じる。

「この街」。
ウクレレをフューチャーした曲で、このライブでも、小田(和正)さん本人だけでなく、稲葉(政裕)さんも有賀(啓雄)さんもウクレレを弾いていた。
聴いていて、何故か、この曲をSMAPが歌ったら似合うんじゃないか、とふと思った。
しかし、小田さんがウクレレをかき鳴らしながら歌っている姿に、どうしても、牧伸二を思い出してしまう(笑)。ウクレレと言えば牧伸二。ある楽器で、特定の人物を連想するイメージの強さにおいて、これ以上の組み合わせは他にないね、きっと。

「キラキラ」や「愛を止めないで」などで、小田さんが客席をまわり、マイクを差し出して歌わせるのはいつものことだが、その人が上手に歌えたのを聴いた記憶はあまりない。
思うに、小田さんの曲の音域だと、オリジナルキーで歌うのは、男性には厳しいよね。私も無理だな。

「Yes-No」では、今度はアリーナではなくて、ステージ上手側のスタンド席に上がって行って、「ラブストーリー・・・」まで2曲分をかけて、場内を一周した。

我々がいた9列目は、ちょうど目の前が通路だったのだが、あいにく、それより上にある通路を使われてしまったので、後ろを向いて見る形に。

「彼方」。
和歌山で実演を聴いて、その後、アルバムが発売されたが、やはり、アルバムより実演の方が重量感があって、好きだ。
小田さん本人は、「愛になる」が、アルバムとツアーの「キモ」だと言っていたが、私個人としては、「彼方」の方にインパクトを感じる。

20:52に本編終了。

20:55、1回目のアンコール。

冒頭のMCで、こんな趣旨の話があった。

昔、オフコースというバンドをやっていて、今は楽しかったことばかり思い出すが、うまくいかないこともたくさんあって、解散した。
うまくいかないから解散するわけで、うまくいってれば、ALFEEみたいに今でもやっている(笑)。
バンドがうまくいかなくなってきた時に、もう一度、メンバーの心を一つにしたい、と思って作ったのが、「もっと近くに」だった。それでも結局うまくいかずに解散することになった。

そうした話の後に、アンコールの1曲目は、「もっと近くに」。
私が行ったライブでは、1997~98年の「THRU THE WINDOW」のツアー以来だから、ずいぶん久しぶりだ。
そういう過去がある曲を、敢えてアンコールでこの曲を歌うことに、小田さんとしては、どういう思いがあったのだろうか。

「もっと近くに」は、1987年3月発売のアルバム、「as close as possible」の1曲目に収められたタイトル曲。追ってシングルカットもされている。
今回の小田さんの話によれば、つまり、その前の時期からバンド内に軋みが出ていたことになる。
へえ、と思った。ずいぶん早くからだったんだな、という。
鈴木(康博)さんが脱退し、4人での活動を再開したのが、1984年4月リリースのシングル、「君が、嘘を、ついた」。そして同年6月に、アルバム、「The Best Year of My Life」。
4人での初めてのツアーは、1985年に行われている。
「as close・・・」は、4人でのオリジナルアルバムとしては2枚目。
4人では2回目となる同名のツアーは、アルバムリリースと同じ1987年に行われており、そのライブ映像も商品化されている。
この時点で、小田さんとしては、既にバンドの先行きに暗雲を感じていたということなのか。
思ってみれば、その前年、1986年は、「one for all、all for one」のキャッチフレーズのもと、メンバーがそれぞれの個人活動に専念した年だった。そこにも何か事情があるのか。
まあ、人間の集団なので、当事者であっても、それぞれに認識は異なるのだろう。
バンドの内輪の事情について、詮索をしても仕方がない。
とにかく、個人的には、あの当時のオフコースの活動ぶりの記憶からすると、その時既に、という話に意外さを感じた、ということだ。

アンコール2曲目は、お約束の「またたく星に願いを」。

今回のライブでは、ヴァイオリン、ヴィオラのメンバーが、立って演奏する場面が何度かあるが、特にこの曲では、金原(千恵子)さんのダンシングプレーが、魅力的!

21:07、一旦メンバーがステージを下りて、21:10、セカンドアンコール。

「hello hello」までで、「そろそろ終わり感」が高まっていたので、さらに「生まれ来る・・・」が演奏されたのには、場内からどよめきが。

21:35、終演。

個人的には、今次ツアー2回目ということで、落ち着いて聴けた。反面、前回の和歌山は、2年ぶりのライブだったので、感激度において上だったが。

今回のメニューは、メドレーがない。すべての曲が、フルバージョンで演奏される。これはとてもありがたいことだった。

さて、帰りの足は・・・。行きのタクシーの運転手さんに聞いたら、臨時バスが出ているし、タクシーも山のようにいるとのことだった。
外に出ると、確かにその通り。
タクシーの行列に並んだ。3年前、札幌ドームの帰りは、雨の中、屋根のないところで、なかなか来ないタクシーを待ち続け、やっと乗れたのは終演後1時間経ってからだった。あれに比べれば、バスもタクシーも豊富に運行されていて、助かる。
後ろにいた女性のグループが、これから新幹線でどこかへ帰るらしい話をされていたので、順番を譲って先に乗ってもらった。間に合っただろうか。

博多駅近くに戻って、遅い夕食は、以前、会社の者と何度か行った居酒屋に行ってみたが、折悪しく閉店するところ。
やむなく、とにかく開いている店、ということで、急いでさがして、焼肉屋へ。
牛肉、豚肉、馬肉、鶏肉、全部食べられる、便利な店だった。

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食べながら、妻と話す中で、最近はいつものことだが、次のツアーはあるんだろうか、という話題に。
私が思うに、昨年の、ポール・マッカートニーの来日公演というのは、この点で、大きい意味があったのではないか。
小田さん自身も、ポールのライブには足を運んだそうだが、自分より5歳上、70歳を超えたポールが、ワールドツアーをやっている、という事実は、おそらく、大きな励みになったのではないかと推測する。
同年代の日本のアーティストで、70代になっても第一線で活動を続け、ツアーを行っている人は、たぶんまだいない。
未踏の、「70代でのツアー」は、小田さんにとっても、大きな目標になっているのではないだろうか。

今次ツアー中の来月、小田さんは67歳になる。

次のツアーは、3年後?