naokichiオムニバス

68歳、ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

若麒麟解雇に関する議論

若麒麟への解雇処分については、世間でずいぶん議論が盛り上がったが、最後は、本人が退職金(養老金)を辞退する形で決着した。

以前、本社の人事部に所属していた時に、社員の賞罰審査を担当し、いくつもの懲戒処分に携わった。
その経験があるだけに、今回の件については、あれこれ考えさせられた。

世間の議論のポイントは大きく二つだったと思う。

  1.一番重い処分でなかったこと
  2.そのために退職金が支払われる可能性があったこと

まず、処分のランクについて。

  財団法人 日本相撲協会寄附行為施行細則
    第九十四条
      年寄・力士・行可およびその他協会所属員として、相撲の本質
      をわきまえず、協会の信用もしくは名誉を毀損するがごとき行
      動をなしたる者、あるいは品行不良で協会の秩序を乱し、勤務
      に不誠実のためしぱしば注意するも改めざる者あるときは、役
      員・評議員横綱大関の現在数の四分の三以上の特別決議に
      よう、これを除名することができる。
    第九十五条
      年寄・力士・行司・職員およびその他協会所属員に対する懲罰
      は、解雇・番附降下・給料手当減額・けん責の四種とし、理事
      会の議決により行うものとする。

理事会で議決できる懲罰は、4種類。この内、解雇が最も重い。
しかし、それと別に、特別決議を経る、除名という措置がある。解雇も除名も、協会からは追い出されるわけだから、効果としては同じではあるが、決議のプロセスからすると、除名の方が重い処分に位置づけられていると思われる。

そして、力士の退職金規定については、ネット上の検索では確認できなかったのだが、報道によれば、除名の場合には退職金の支払がないのに対し、解雇の場合には、退職金を支給しない旨の明確な規定がないらしい。

このため、世間の議論としては、上記2点、さらに言えば、後者の方に重点が置かれた話(退職金を支払わない処分にしなかったのは甘い)になったようだ。

私は、今回の若麒麟の処分まで、解雇の上に除名があるということを知らなかったのだが、第一印象としては、退職金云々を考える以前に、除名にすべきかと思った。

というのは、先に解雇された、若ノ鵬露鵬白露山に比べて、罪状が重いと思っていたからだ。
尿検査の時に、一時グレーな結果が出て問題になった事実がありながら、また、外国人3力士の解雇(内2人は逮捕されていないのに解雇された)を知っていながら、大麻に手を染め続けていたこと。
これは、非常に悪質だと思った。

会社の懲戒処分も、世間の裁判と一緒で、過去の同種の事件との軽重を勘案し、バランス重視で決定する。判例主義だ。
その意味からは、若麒麟の方が、一段重い処分を受けて然るべきだと、私はまず考えた。

しかし、一方で、こういうことも考えた。
除名が、協会において「一番重い処分」である点だ。これは確かに、処分をする側としては難しい判断を迫られる。
除名の上に、さらにランクの重い処分があれば割り切れるのだが、要するに「極刑」を課すことについては、慎重さが求められることも事実だ。
今度の若麒麟のケースよりもはるかに悪質な、これまで前例のないような不祥事(例えば現役の力士が無差別大量殺人を犯したとか)が生じた時にどうするか。
その時に、同じ除名しかないのであれば、今度はそこでのバランスを欠くという議論もありうる。
若麒麟のケースが、もうこれより上はない、という極刑を課すべき事態であるのかどうか。
理事会においては、両論がある中、この観点で解雇を推した外部理事もいたと聞く。

会社の懲戒処分において一番重いのは、懲戒解雇だ。これも極刑であり、少なくとも私の会社においては、よほどの場合でなければ懲戒解雇までは行わない。

結局、今回の理事会の決定は、
  除名も解雇も、協会から追い出す点では、効果に変わりがない
  処分の迅速さを世間に示すためには、特別決議を要する除名より、理事会限りで決められる解雇がベター
  他日、これ以上の不祥事が起きる可能性も勘案して、最上位の除名カードは使わずに済む
といった観点からのものだと解釈することが可能だと思う。

そのような説明でも、世間は納得しなかっただろうが、今回、理事会後の理事長の説明が、本人への温情という点に重きを置いたものだったことが、さらにまずかったと思う。

除名を避けて解雇どまりにしたことが、何故温情か、と言うと、退職金を払ってやれるようにしたかったからだ、という話に聞こえるからだ。
結局、この点で、世間の批判に火をつけたように思う。

退職金の有無についても、会社の懲戒処分に携わった身としては、実は理解できないでもない部分がある。

会社の懲戒処分としての懲戒解雇においては、退職金は支払われない。クビになる上に、退職金もなしで追放される。極刑たるゆえんだ。

しかし、どんなに不行跡な社員であっても、過去の勤続の中で、多かれ少なかれ会社への貢献というものはある。そのすべてを帳消しにしてしまうほどの不始末があれば、懲戒解雇もやむを得ないが、そういうケースはきわめて稀だ。

そこで、会社の就業規則には、たいてい「普通解雇」の規定がある。懲戒処分としてではなく、社員を解雇するものだ。この場合は、退職金が支給される。

本人の意思で依願退職はさせない。あくまで会社の意思をもって解雇する形とし、しかし応分の退職金をもって、会社への貢献に報いる、ということだ。
(今回の若麒麟についても、本人からの引退届を協会が保留し、理事会での議決をもって処分した、というのは、一つの見識だと思う)

ただ、一力士である若麒麟のこれまでの競技経歴が、協会に対して貢献するものと言えるかどうか、これは、会社に対する社員の貢献と同列には論じにくい面もあるだろう。

最終的には、理事会として、身内に対する情に流れた部分も多少はあったかもしれない。

私としては、色々迷いつつも、今回の協会の処分は、妥当だったと考える。

しかし、理事長と師匠尾車親方の説明、発言には少なからず不適切な点があったと思う。

理事長は、「退職金の請求があれば払わざるを得ない」「退職金規定は見直さなければならない」と発言したそうだ。
そうではなく、「退職金規定に不備があることは確かなので、早急に見直して改正する」「若麒麟については、現規定上では支払を拒否できないが、しでかしたことの重大さからは、請求などさせるつもりはない」と言うべきではなかったか。

また、尾車親方は、「本人の問題なので、退職金の辞退を勧めることはない」と発言したそうだ。自分が育てた力士でない(押尾川部屋からの移籍)のはわかるが、これはやはり師匠としてはまずい。
「規定がどうあれ、師匠として、絶対に請求はさせない」と言うべきではなかったか。

そういう説明であれば、まだ世間の受け止め方も違ったのではないだろうか。

最終的には若麒麟側から辞退したから、結果オーライではあるのだが、それではちょっと、という気がする。