naokichiオムニバス

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朝青龍のガッツポーズ批判再考

朝青龍のガッツポーズへの批判について、また考えた。

  ※関連の過去記事 「朝青龍のガッツポーズは何故問題にされたのか」
      http://blogs.yahoo.co.jp/naokichivla/58248559.html

前回の記事(↑これ)に、はむのすけさんからコメントをいただいた。
それによると、剣道の場合、試合後の一礼の前に、ガッツポーズをしたりすると、一本が取り消されるのだそうだ。これは厳しい。

で、思ったのだが、確かに、相撲についても、以前はそれに近い雰囲気があった。

例えば、土俵上で、顔に喜怒哀楽を表すことは、戒められていたように思う。どんなに嬉しいからと言って、笑顔を見せたり、どんなに悔しいからと言って、それをあらわにすることは、土俵上の作法としては、許されなかったのだろう。
柏鵬の時代に、力士のそのような表情を見た記憶はない。

それが変わってきたのは、いつの頃からだったか。

私の印象に残っているのは、昭和63年11月場所千秋楽、千代の富士大乃国に敗れて、連勝記録が53でストップした時の、苦笑いの表情だ。

貴乃花も、横綱になってから、負けた時に、首をひねりながら苦笑する姿をよく見た。

以後、今日までの間、力士の土俵上の表情は、豊かなものになってきたように思う。
今は、朝青龍も、白鵬も、喜怒哀楽をあらわに見せている。

また、これは土俵下でのことになるが、かつて寺尾が、新鋭貴花田を熱戦の末に土俵際まで追いつめながら、惜しい逆転で負けた時に、さがりを土俵にたたきつけて悔しがったことがあった。
それから、小錦が初優勝を決めて、土俵下に下りた時に、人目をはばからずに涙を流したこともあった。

これらは、観る人の心を打つものがあったのではないか、というふうに思う。

こうしたことを考えると、今回の朝青龍の行為だけが、突出しているということはないし、今、突然変異的に起きたことではない、と思われてならない。

寺尾や小錦の行為は、スポーツ観戦におけるエンターテインメント性という点では、価値があり、評価されうるものだと思う。

しかし、古来からの固有の歴史を持つ相撲の場合は、競技の場において、自己の感情を抑制することが美徳とされてきた。

結局、今回の問題は、その線引きがポイントなのだと思う。

私の個人的感覚、記憶としては、前回の記事でも書いたが、千代の富士が通算1,000勝を達成した時に、ファンから渡された花束を掲げて、館内の歓呼に応えた姿が、強く印象に残っている。力士がこういう行為をしたのを見たことがなかったから。
あのへんから、線引きが変わってきたような気がする。

そしてもう一つ、千秋楽に土俵下で行われる、優勝力士インタビュー。朝青龍などは、あの場で、両手を挙げて、館内のファンに応える場面をよく見る。
あの土俵下インタビューも、線引きを変えるのに、大きな影響を与えてきたように思う。

さて、線引きがどうあるべきか、という今回の問題。

私が最も感じるのは、朝青龍のあの行為が「何故いけないのか」について、批判する側が、明確にしていない、と思われる点だ。

土俵上だったからなのか(同じ動作を、朝青龍が土俵下のインタビューで再三やっていても、そのことを批判する意見はなかったと思う)。

横綱だからなのか。横綱としての品格を問題にしているのか。
ならば、下位力士であれば許容されるのか。

批判をするなら、その理由をはっきりさせてもらいたい。

理由が明確でない朝青龍批判ばかりだと、結局は、正論を言っているようでいて、実は、「朝青龍という力士が気に食わないから」だけではないのか、とさえ思えてくる。

私は、朝青龍をことさら擁護したいという立場ではない。以前から書いているように、むしろ、朝青龍という力士が、相撲を単なるスポーツとしてとらえ、単なるアスリートとしてふるまっていると見える点は、苦々しくも思っている。

しかしながら、私としては、上に述べたように、力士の所作が、長い間に変化してきたことも事実だということに思い至った時、それは、朝青龍一人の問題ではないと思ったのだ。
少なくとも、千代の富士、寺尾の時代から、今回の朝青龍に至る流れというものは、始まっていたのだ、と。

その上で、今回の朝青龍が、ことさらに批判される理由が何なのか、と言いたいのだ。
朝青龍だけが悪い」のはどこなのか。
それが明確でなければ、単なる朝青龍バッシングだと言わざるを得ない。

私個人の意見としては、批判されてしかるべき「突出」があったとすれば、あれが「土俵上の所作」としては、度を越していた、という点だと思う。
それ以外に、朝青龍だけを問題にする合理的な理由が思いつかない。

前回の記事にも書いたが、土俵上の所作としては、昨年5月場所千秋楽の白鵬の行為は、今回の朝青龍と同等か、それ以上に問題がある、と私は思っている。
あれはプロ野球で時々見られる乱闘と同じで、相撲でなくとも、スポーツマンシップにもとる行為だと思うからだ。
あの時、白鵬に対して、師匠に対して、何か注意はなされたのだったか?

いずれにしても、若麒麟逮捕という事件が起きてしまった今、こちらの方が、よっぽど重大であり深刻であることは確かだ。
こちらは犯罪なのだから。

そのことで、朝青龍問題がうやむやになっていいものとも思わないが。