naokichiオムニバス

66歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

昔はなかったもの~パソコン<3:昔のパソコンはこうだった>

むか~しのパソコン、あれこれ。まずメディア

「昔はなかったもの」シリーズでは、今でこそこんなに便利になってるけど、昔はそれがなかった、できなかったということにふれているが、パソコンも、その28年前から今日に至るまでには、色々な部分で進歩があり発展があった。

そういうこと、あれこれを思い出す限り書いておきたい。

とりあえずは、メディアの話だ。

1984年の初めに、事務所にPC-8801が設置された時、パソコンは、フロッピィ・ディスクで動いていた。

今の若い方には想像もつかないだろうが、ハードディスクはついていなかった。
(ってか、フロッピイ・ディスクを知らない、という人も少なくないんだろうな)

どういうことかと言うと、まずアプリケーション・ソフト自体がフロッピィ・ディスクで提供されていたのだ。

当時のパソコンは、フロッピイ・ディスクのドライブが必ず2つあった。

Aドライブと称する方に、アプリケーション・ソフト、例えばワープロソフトの「松」のフロッピィ・ディスクを入れる。

そうすると、「松」が起動する。

そして、もう一つのBドライブに、作った文書データを保存するフロッピィ・ディスクを入れる。

そんな運用だった。

でね、でね、フロッピィ・ディスクのサイズ!

この話は絶対書いておきたいんだけど、私が初めて見た、PC-8801のフロッピィ・ディスクは、8インチでした。

知ってる人、少ないだろうなあ、8インチのフロッピィ。ペラペラの、折ったら曲がっちゃうような。

これが間もなく5インチになる。
私の場合、5インチを3~4年使ったと思う。3.5インチはその後だ。

8インチ時代から知ってる人、5インチは知ってる人、3.5インチでないと知らない人、そもそもフロッピィ・ディスクって何? という人。
世代によって分かれるのだろう。

(世代によって、という点では、レコードもそうだ。SPレコード、LPレコード、CDという変遷。私は、SPレコードは知らない世代だ。LPで育ち、CDへの転換期を経験している。細かいことを言うと、CD世代でも、シングルCDで、8センチシングルを知っているかどうか、というのがあると思う)

サイズの話はさておき、今にして思うと驚くのは、よくまあアプリケーション・ソフトが、フロッピィ・ディスクで提供されていたもんだ、ということ。

記憶では、「松」の場合、基本となるソフトは1枚。あと、ユーティリティ・ディスクというのがついていたので、せいぜい2枚で運用されていた。

フロッピィ・ディスクの容量は、せいぜい1メガそこそこ。よくそれで、アプリケーションとして動いていたと思いませんか。

今のWordや一太郎に比べると、機能的にはずっとシンプルだったんだろう。でも当時は、自分で文章打って活字で出力できる、というだけでもすごいことだと思ってたからね。

(その後、ソフトも色々な機能充実で、そうもいかなくなっていったのだと思う。私がおぼえているのは、まだCD-ROMドライブが装備される前の時代、商品として出回っていたWindows。工具箱みたいな長方形のケースに、フロッピィが30枚か40枚(!)入っていて、それを、とっかえひっかえ差し替えながらインストールしたのだった)

複数の仕事はできなかったんです

それともう一つ、大きなこととしては、シングルタスク。

アプリケーションのフロッピィをAドライブに入れて動かす、ということは、「松」を起動して作業している間は、そのパソコンでは、「松」の仕事しかできないのだ。

別のソフトを使いたければ、「松」を一旦終了させて、ソフトのフロッピィ・ディスクを入れ替えて起動しなければならない。

今は、ブラウザ、メールソフト、Excelなど、複数のアプリケーションを同時に起動しておいて、自由に切り替えることができる(マルチタスク)が、当時はそれができなかった。

今思えばいかにも不自由な話であり、若い人には考えられない世界だと思うが、当時は、そもそもパソコン上で複数のソフトを動かしながら仕事をするなどといった発想もなかった(少なくとも私は)ので、何ら不満はなかったわけだ。

(現実の話としては、千葉の事務所にいる間に使えるようになったアプリケーション・ソフトは、私の場合、後でもふれるが、結果的にワープロソフトだけだったので、パソコンの機能がどうあれ、自分自身がシングルタスクだった(笑)のだ)

すべて今の水準からふりかえれば、よくまあそんな不便な状態で、と思うが(そういう話はこの後も色々書くつもりだが)、それは今からふりかえればの話。
当時にしてみれば、それまで思ってもみなかったことができるようになったわけだから、何から何までが画期的に思えたのだ。

支店の指導担当者が、「これからは、フロッピィ・ディスクだけ持ち歩けば、行った先の事務所のパソコンで仕事ができるんだぞ」と言っていたのをよくおぼえている。

確かにこれも画期的なことに思えた。
実際、私も、フロッピィ・ディスクを持って、千葉の事務所から品川の支店に行き、支店のデスクトップパソコンで作業をしたこともあった。そういうことが、いかにも時代の先端を行くカッコいいことに思われた。

いずれその利便性は、ほどなく迎えるノートパソコンの時代に移行して、パソコン自体を持ち歩ける、という質的な変化を遂げる。しかしそんなことはまだ想像さえできなかったことだ。

また、可搬メディアという意味では、今の感覚だと「写真1枚程度」しか入らないフロッピィ・ディスクが、今やギガ単位のUSBなど、もっと小さく、当時は考えも及ばなかった(必要ともしなかった)大容量のものに変貌している。

ただ、パソコン、メディアの持ち運びは、今の時代、情報の紛失や漏洩、あるいはネットを通じたウイルス感染のリスクを大きく負うようになっている。
これも、当時の想像の外だ。

フロッピィ・ディスク以前にカセットテープがあった

ひとしきりフロッピィ・ディスクの話をしたが、実は、その前がある。

話は前後するが、事務所にパソコンが入ってきて、仕事に使う知恵もにわかにわかず、とりあえずゲームでパソコンになじみましょう、とやっていた頃の話。

当時、みんながこればかりやってた、というゲームに「倉庫番」というのがある。

この時期のパソコンゲームでは、大ヒットしたものらしい。

この「倉庫番」、私の事務所で使っていたのは、フロッピィ・ディスクですらなく、カセットテープだったのだ。

細かいことは忘れたが、手持ちのラジカセとパソコンをつなぐ。そして、ラジカセに「倉庫番」のカセットを入れてまわす。

それでゲームをするのだが、カセットテープでプログラムを動かすというのは、すごく時間がかかって、ゲームが始められるまで、30分くらいかかったような記憶がある。

さすがの私も、カセットで動かすソフトは、その他には知らないのだが。