naokichiオムニバス

66歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

昔はなかったもの~パソコン<7:1990年代から2000年代>

パソコン環境の確立と今の課題

1998年8月、6年間務めた労働組合の専従(会社は休職扱い)を下りて、会社に復職した。

7ヶ月間、企画部に在籍した後、1999年4月、品川の支店に異動した。そして、時代は2000年代に入っていく。

80年代半ばに会社で出会い、使うようになったパソコン。
90年代の終わりまでは、これまでに書いてきたように、パソコン自体も、また社内でもさまざまな進展があった。

会社では、2000年代に入る頃から、電子メールも使われ始めた。
その後ほどなく、社内のイントラネット上でのグループウェアの利用が開始された。

結局、ハード、ソフトとも、2000年代の初頭には現在に至る環境が確立し、それ以降は、大きな変遷はなかったと言える。

私の会社だけでなく、一般的な企業のIT化の取り組みも、概ね同じようなペースだったのではないだろうか。

前にもちょっとふれたが、こういう時代になって、企業としての大きなリスク、課題は、情報管理だ。

四半世紀前、パソコンが、台数もまだ少なく、ネットなどもなく、もっぱらスタンドアロンの形で使われていた当時は、まったく気にする必要もなかったことが、今は企業の存亡を揺るがす。

外部からの悪意を持ったサイバー攻撃、ミスによる情報漏洩や紛失、メールの誤送信。

大きなダメージを受けて報道される企業が時々ある。そして、それは自分の会社で起こらない保証はないことだと、ぞっとさせられる。

昔は考えも及ばなかったことが、起きる時代になっている。

私の会社も、情報のセキュリティについては、充分に力を入れている。
一従業員として、自分の責任で何かの事件を起こしてしまわないように、気をつけなければ、と思う。

組合当時のアナログな思い出

1992年から1998年までの労働組合在籍当時、まだ電子メールは使っていなかった。組合のWebサイトが開設されたのも、私の退任後だ。

余談ではあるが、アナログだった古きよき時代の思い出、ということで一つ書いておく。

春闘の時期には、団体交渉が何度か行われる。

団交は午前に行われることが多く、我々本部役員は、午後からその団交の議事録を作り、全国の支部に流すのが、その日の仕事だった。

これが大変なのだ。

議事録は、できるだけ臨場感のある形で詳細に作りたいので、時間がかかる。
午後から半日かけてもなかなかまとまらない。

夜に入って、やっとまとまった議事録を、事務所にある輪転機で必要部数印刷し、各支部に発送する。
支部では、それをさらに管内の事業所に発送するのだ。

会社近くのコンビニに持ち込んで発送できればいいが、たいてい夜遅くなっているので既に当日の集荷が終わっている。

その場合は、もっと遅い時間まで受け付けてくれる、日通航空の事務所までタクシーを走らせて持ち込むことにしていた。
しかし、その日通航空の集荷ももう終わってしまうことも間々あったので、そういう場合は、速達発送をまだ受け付けている築地の大きな郵便局に持ち込んでいた。

そんな綱渡りの末、めでたく発送が終わった時には、もう日付が変わる頃、というのが常だった。

今となると懐かしい思い出だが、しかしまあ、アナログなことをやっていたものだ。ペーパー現物の発送とは。

たまたま今、当社の労使は春闘の交渉中だ。
今の本部役員はどうやっているんだろう。詳しくは知らないが、議事録ができあがり次第、当然メールで配信だろうな。また、組合のWebサイトにも即時載せることもできるだろう。

そんな今では考えられないことを、14、5年前にはまだやってたんだよねえ。