浦安オケ、8日(日)に練習を再開してから2週間。
明日21日(土)がGP、そして、22日(日)が、「がんばろう浦安!みんなで音楽を楽しもう!コンサート」の本番だ。
個人的には、この本番、ちょっと思い出したくない、嫌なことが二つある。
嫌なことなら書かなきゃいいじゃないか、という考えもあるが、本番を前向きに乗り切るために、やっぱり書いておく。
今回、全曲ではないが、ベートーヴェンの7番を演奏する。
ベト7という曲、高校時代にクラシックを聴き始めた当初から親しんできた好きな曲だ。
この過去記事の最後に、こう書いた。
ベト7を弾くチャンスは、在学中にはなかった。
実に24年後の1998年、今の浦安のオケで実現することになる。
この時の本番では、これまでのところ私のオケ人生で後にも先にも最大のポ
カをやってしまうのだが、そのことはまた書く機会があると思う。
実に24年後の1998年、今の浦安のオケで実現することになる。
この時の本番では、これまでのところ私のオケ人生で後にも先にも最大のポ
カをやってしまうのだが、そのことはまた書く機会があると思う。
「また書く機会があると思う」と書きつつ、今日まで5年半。やっとその機会が来た。
1998年7月、第18回定期演奏会のメインがベト7だった。
この年、春に妻が患って入院するという事件があり、演奏会に向けての前半期、練習に参加できなかった。指揮者のN先生に事情説明のハガキを書いたのをおぼえている。
その後、練習には復帰したが、出遅れは否めず、重ねて、身内に不幸があったため、本番前日のGPを欠席した。
そして本番。
上の画像は、その時に使ったパート譜だが、4楽章の終盤、最後のページ、例のうずまきの音型を各パートがかけあうところで、「落ちた」。
ここは一度落ちるとすぐにははいあがれない。
トップの私一人が呆然とする中、曲は進み、ミ-#レ-ミ-#レのオスティナート(上の画像の楽譜、4段目)でやっと演奏に戻って、頭が真っ白なまま、終結を迎えた。
ソロの失敗と違って、パートメンバーを除けばオケの周囲に表だってわかる話ではないし、客席にも気づかれなかったと思うが、「トップなのに落ちた」というのは、いかにも不本意なことで、忘れられない事件なのだ。
やはり、オケ練習参加が足りないとこうなる、と痛感したのをおぼえている。
あの日、雨だったよなあ。
あの日、雨だったよなあ。
ということで、いつかリベンジを! と誓った。真に落とし前をつけるには、自分のオケで、かつトップに座って、というのが条件になる。
しかし、「のだめ」でこれほど人気が増したにもかかわらず、浦安オケでは、定期演奏会の選曲に際して、ベト7が有力候補になることはなく、今日に至った。
2009年11月に、市民演奏会でオペラの練習をするかたわら、オケ曲の練習もしようということで、希望者だけで、モーツァルトの40番とベト7を練習して、文化会館のステージで本番演奏をする、というイベントがあった。
しかし、この時は、母の急逝後という状況で、参加できなかった。
しかし、この時は、母の急逝後という状況で、参加できなかった。
そして今回。「オケも元気が出る曲をメインに」との指揮者のY先生の提案で、いくつかの候補曲の中からベト7の両端楽章が決まった。
多くの団員が2年ぶりに弾く中、個人的には実に13年ぶりのベト7に臨むことになったわけだ。
で、今回の本番、ヴィオラは他の団員が参加しないので、図らずもまたトップ。
リベンジの舞台は整った! と言いたいところだが・・・。
何と言っても、練習3回で本番だからねえ(笑)。図らずも13年前と同じ、というかあの時よりもさらにヤバい状態で本番だ。
心もとないことおびただしい。
また何かやらかすんじゃなかろうか。
それを考えると、こういう記事、書かない方がいいかな、と迷ったが、やはり事前に書いておいて、前向きに乗り切ろう、と思った。
どうなるかな?(笑)
もう一つの嫌な思い出は、演奏上のことではないが、これも忘れられない事件だ。
昨2010年5月23日(日)。第37回定期演奏会。
その打ち上げから帰宅する途中、某駅の下り階段を踏み外して、頭を下にする形で前のめりに転落した。
止まった時に顔を打って前歯を1本折り、救急車で病院に運ばれた。
幸いにも歯の他に大した怪我はなく、折れた前歯は、2ヶ月少しでブリッジ治療を完了した。
あれから1年か・・・。
あさっても打ち上げあります。出ます(汗)。
これも、この記事を書くことで、自分への戒めとしたい。
「がんばろう浦安!みんなで音楽を楽しもう!コンサート」の本番は、あさって、5月22日(日)。
ベト7以外も含め、にわか仕立てではありますが、トップとして大きなポカをやらず、打ち上げの後も、無事に帰宅することを、ここに誓います。