17日(土)、新国立劇場で上演された新演出の「カルメン」を鑑賞した。
●2020/2021シーズン オペラ カルメン
日 時 2021年7月17日(土) 13:00開場 14:00開演
会 場 新国立劇場 オペラパレス
演 出 アレックス・オリエ
指 揮 大野 和士
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
曲 目 ビゼー 「カルメン」
「カルメン」は好きなオペラの一つなので、もう何度も観ている。
新国立劇場でも、2007年以来続いてきた鵜山仁氏のプロダクションで、2017年1月、2018年12月の2回観た。
今回は久しぶりに新演出による上演ということで、楽しみに出かけた。
プログラム冊子に載っている、演出のアレックス・オリエ氏の寄稿によると、カルメンが渇望する自由や、自分の運命を決めるために自分で選択する意志などは、長い時間をかけて現代の女性が勝ち取ってきた権利でもある、との着眼がある。
今回の演出は、カルメンを勇気と自由の象徴、現代の女性として描き、現代の聴衆が理解できる現在の物語として上演することを目指したもののようだ。
カルメンは女工でなくバンドの歌手、ホセは兵士でなくコンサート警備の警察官、密輸承認はドラッグディーラーとして描かれている。
この演出については、舞台写真を豊富に添えたゲネプロのレポートを事前に見ていた。
ミカエラの砂川涼子さん、スニガの妻屋秀和さん、モラレスも吉川健一さん、メルセデスの金子美香さんは、過去2回の上演でも歌っている。
私の席は2階1列17番。最前列ほぼ中央のいい席だった。
ピットの柵を通常より下げてあるので、身を乗り出さないように注意して下さい、とのアナウンスがあった。
弦の編成は2階席最前列からでもわからなかったが、コントラバスは5本見えた。
緞帳が上がると、そこはセヴィリャの街ではない。煙草工場も出てこない。
事前にネットの写真で見ていた通り、パイプで組んだステージの裏側という感じのしつらえ。
出てくる男性たちは兵服でなく警察官の制服。ブルーなので日本的だ。
続いて出てくる児童合唱の子供たちも、白い帽子をかぶっていて日本の小学生のような感じだ。社会科見学でコンサート会場にやってきたというところか。
その後、ステージが現れる。ステージ上にはドラムセットやギター。
女声合唱は煙草工場の女工でなく、ステージ下のアリーナに集うコンサートの聴衆という設定か。煙草でなくペンライトを持って振っている。
カルメンはステージの中央で「ハバネラ」を歌う。脇にチェロ奏者が1人。ステージ奥にはヴィジョンが設置されていて、歌うカルメンが大写しになる。コンサートらしいリアリティがある。
アリーナの群衆の中にホセもいて、カルメンは見下ろしながら赤い花を投げる。
前回までの鵜山仁氏の演出は、きわめてオーソドックス、トラディショナルなもので、とてもよかった。
今回はまったく違う。
歌われるテキスト自体はもちろんオリジナルのものだ。設定が変わったからと言って歌詞が変わるわけではない。
例えば、煙草工場の女工が煙草を手に持っていなくても、煙草の煙が歌われる。しかし、視覚的には別のものが目に入ってくるわけで、その齟齬が最初はちょっと気になった。
また、目に見えるものがあまりに斬新なので、その意味するところを考えてしまい、肝心の音楽を聴くのがついおろそかになっていることを自覚した。
こうした違和感とまでは言わないがとまどいのようなものは、1幕が終わるまで続いた。
オペラの実演において、演出が占めるウエイトは大きいものだ、と改めて思った。
今回のこういう演出は、オーソドックスな舞台を経験した上で観ると、興味深いところがあるが、中には初めて「カルメン」を観る、という人もいるだろう。そのような人にとって、初めての「カルメン」がこれだと、どういうふうに受け止められるんだろう、と思った。
ミカエラが出てきてホセとからむシーンの後半、ステージ奥のビジョンに、カルメンと別の女性が喧嘩をしてもみあう映像が映る。煙草工場での喧嘩のくだりだが、ここではアリーナの聴衆が2つに分かれて争う形になる。
カルメン役のステファニー・ドゥストラックの歌は大変すばらしい。いかにもカルメンにふさわしい歌だった。
1幕の後、緞帳は下りず、カーテンコールもないまますぐ2幕が始まった。
1幕で感じた視覚聴覚のずれのようなものはなくなった。慣れたということか。
酒場の設定だが、ステージがそのまま残っていて、エスカミーリョはステージ上のスタンドマイクの前に立って歌う。西城秀樹や矢沢永吉を思い出した。
ホセも熱唱。この役柄によく合っていたと思う。
2幕の後もカーテンコールはなく、そのまま30分の休憩に入った。
3幕は舞台袖の設定のようだ。また、左手に電球で囲まれた鏡、衣装がたくさんかかったクローゼット。これは楽屋を表しているようだ。鏡の前にアコースティックギターを抱えた女性が座っている。これがカルメンであることは後でわかった。1幕、2幕と同じように、赤を使った服を着せた方がよかったと思う。
コンサートが終わって撤収作業が行われている設定のようで、機材を入れる黒いケースをスタッフが運び出して行く。しかし、ドラッグ取引のブツもその中に入っているようだ。
やがてカード占いの場面になるが、ここでは機材ケースの上を使って、カード占い自体は普通に行われた。
ホセとエスカミーリョが対面して戦う場面では、闘牛を想起させる動作があった。
エスカミーリョは、当然ここまでに闘牛士らしいいでたちはしていないが、歌の上では一同を闘牛見物に誘う。
しかし、以後、闘牛場が出てくることはない。
いつも思うことだが、ミカエラというのはかわいそうな人だ。目の前でホセがカルメンをくどきまくるのを見せられる。故郷に戻ってきてくれという彼女の訴えにホセは「何があっても行かない」と耳を貸さない。それでいて、母親の危篤を知らされると一転して帰郷する気になるというのもあんまりではないか。
今回の公演は、3幕と4幕を一つの幕として扱っているが、4幕の前には転換のためか、少し間があり、その間客電も少し明るくなった。
そして4幕。
闘牛場を思わせるものはない。舞台手前にレッドカーペットが左右に敷かれていて、下手から上手に向けて、セレブな人たちが歩いて行く。闘牛というよりは、国際映画祭、あるいはファッションショーのような感じだ。
舞台奥からレッドカーペット、客席方向に向けて群衆が駆け寄り、セレブたちに握手やサインを求めたり、スマートフォンで写真を撮ったりしている。
最後にレッドカーペットに登場したエスカミーリョは、闘牛士の服装。これはやめた方がよかったのではないか、と思った。それまでの演出からすると浮いて見えた。
よりそうカルメンはミニドレス。
レッドカーペットは黒子のような人たちによって撤去され、フラスキータやメルセデスとのやりとりから、ホセとの大詰めの場面に進んで行く。
刺殺場面の後は、群衆が出てくることがなく、幕切れまでカルメンとホセの2人だけだった。
それにしてもこの4幕後半は、何度観ても引き込まれる。音楽の力を感じる。
ホセは、全曲を通じて時々声がひっくり返ったように聞こえたのが残念だったが、熱唱だった。直情径行的なキャラクターに合っていたと思う。
エスカミーリョは、登場の歌からそうだったのだが、オケのテンポと合わない歌だった。
芸術監督大野和士の実演指揮には、オペラに限らず初めて接すると思うが、メリハリのきいた生き生きとした音楽作りがすばらしかった。
このプロダクション、また上演があるだろうから、慣れたところでもう一度観てみたいと思う。
※小田島久恵さんのレポート記事