総武線快速は、千葉から東京に向かう時、錦糸町を過ぎるとやがて、右手に日大一中・日大一高の茶色の建物を見ながら地下にもぐる。
そして、馬喰町、新日本橋と2駅を経過して東京駅に着く。
初めてこの路線に頻繁に乗るようになったのは、1973年、高校3年の夏休み、御茶ノ水の駿台予備校と、原宿の代々木ゼミナールの夏季講習に通った時だった。
木更津から直通の快速があったのか、内房線で千葉まで行って乗り換えていたのか、記憶が定かでないが、ともかく総武線快速で東京まで行っていた。
(当時は横須賀線への乗り入れはまだなかったので、東京駅が終着だった)
新日本橋駅には、天井近くにこのような駅名表示がある。
これ、私が18歳だったその頃から今に至るまで変わらずそのままなのだ。
1つ手前の馬喰町駅も同様の作りだった。馬喰町の方は紺に近い濃い青で、左に「←次は新日本橋」と書かれていたのをおぼえている。
地下にもぐっての2駅がこのような仕様になっていることが、日々この路線を往復した受験生の私にはとても印象に残ったのだった。
その後も数えきれないほど乗ってきたが、そのたびに、ああ、高校の時と変わっていないなあ、と思いながら眺めてきた。
馬喰町の方は、今ではなくなってしまった。
銀色のダクトがあるところに、青い表示があったのだが。
半世紀近く見てきた新日本橋駅のこの表示、いつまでそのままでいてくれるだろうか。