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亡き上司を偲ぶ飲み会

11日(月)、N社(京橋)の仲間が集まっての飲み会を開いた。

10月に他界した上司、S氏を偲ぶ会だった。

 

S氏は、1978年に私が入社して最初に配属された本社経理部財務課の課長だった。当時の職場の仲間で、その後今日に至るまで、年1~2回程度、「財無会」と称する飲み会を行ってきた。

 

コロナ禍で集まることができなくなっていたが、今年8月、4年ぶりに財無会を開き、S氏始め6人が集まった。

 

ところがそれから僅か2ヶ月、S氏急逝の連絡が入った。

財無会の仲間の多くが葬儀に参列した。

しばらく経って、年内に「S氏を偲ぶ財無会」をやりたいという話が持ち上がり、日程調整の結果、11日に決まり、店は8月に最後にS氏と会った西新宿の銀座ライオン新宿エルタワー店にした。

 

8月に参加した5人と、その折急用で参加できなかった1人、計6人が集まり、亡きS氏に献杯した後、2時間を過ごした。

(集まった6人の内、3人はその後S氏と同じ財務課長を順次務め、もう1人は経理部長を務めた(私は違う)。経理部財務課発祥の財無会らしい経過である)

 

財無会のいわば総帥であるS氏は1961年入社だった。

この日の6人は、入社年次で言うと、1973年1人、1974年1人、1978年1人、1979年2人、1980年1人である。一番先輩とS氏とは12年の年次差がある。一方、S氏を除くと年次差は7年で、まあ同世代と言ってもいい。

 

30年余り続いてきた財無会だが、S氏は必ずそこにいて、基本的には、彼を「囲む」形で行われてきた。年次差から言っても、従前の財無会は「総帥=それ以外のメンバー」という雰囲気だったわけだ。

今回、S氏が不在の形で初めて集まるにあたり、どんな感じになるのか、私としてはちょっと想像できなかった。

例えば、本人がいたら言えなかったS氏の悪口を言い合うような会になったりするのか、と思ったりもしたが、それはなかった。

しかし、明らかに会の雰囲気、パワーバランスは変わった。「S氏=それ以外のメンバー」ではなく、集まったほぼ同世代の6人がフラットなポジションで、S氏の思い出話を始めとする昔話や近況などを語り合った。

 

個人的には、核となるS氏がいなくなった以上、財無会は、この「偲ぶ」会をもって店じまいすることもあるかな、と思っていた。

しかし、今回の終了時には、またこのメンバーで集まろう、という話が出て一同賛成した。

来年の暑気払いくらいの時期に、と申し合わせて散会した。

 

S氏亡き後も財無会は続く。

長年皆が世話になったS氏が、最後に遺してくれたんだ、と思う。

 

※過去の関連記事

    「財無会」
       https://naokichivla.hatenablog.com/entry/40154491
    新入社員の時の上司が逝去
       https://naokichivla.hatenablog.com/entry/2023/10/20/194814