3月26日(火)、新国立劇場に、「トリスタンとイゾルデ」を観に行った。
(午前中に日本橋で床屋に行った。在職中から通っている床屋には、退職後も東京に用事がある時にそのついでに行っている。雨の日本橋さくら通りの桜は、開花にまだまだ遠そうだった)
「トリスタン」は、これまで実演に接したことがなかったと思う。
ワーグナーの実演は、記憶では、若い頃に「さまよえるオランダ人」を1回、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を確か4回(サンフランシスコ歌劇場でも観ている)、そして、新国立劇場では「タンホイザー」を2回、「リング」4部作を1回、「ワルキューレ」の再演を1回、といったところだ。
新国立劇場でもなかなか「トリスタン」をとりあげてくれないと思っていたが、やっと2023/2024シーズンのラインナップに登場し、これは何を置いても行かねば、とチケットを買い求めた。
●新国立劇場 2023/2024シーズン オペラ トリスタンとイゾルデ
日 時 2024年3月26日(火) 13:15開場 14:00開演
会 場 新国立劇場オペラパレス
指 揮 大野和士
演 出 デイヴィッド・マクヴィガー
新国立劇場として「トリスタン」を上演するのは、2010/2011シーズン以来2回目。
その時もデイヴィッド・マクヴィガーの演出だったそうなので、同じプロダクションでの再演ということになる。前回のオケは東京フィルハーモニー交響楽団だったが、今回は東京都交響楽団。指揮の大野和士氏(前回も指揮)は現在、新国立劇場のオペラ芸術監督であると同時に、都響の音楽監督でもあるので、その関係だろうか。
前回のトリスタンは、つい先頃惜しまれながら早世したステファン・グールドだった。
会場で買ったプログラム冊子に、「トリスタン」の日本上演史が載っている。それを見ると、やはり「トリスタン」は、ワーグナーの代表作でありながら、そうめったに上演される演目ではないことがわかる。
その貴重さからか、平日の午後公演にも拘わらず、ほぼ満席の盛況だった。
トリスタン役、イゾルデ役が変更となった。トリスタンの変更は早くからインフォメーションされ、私の手元にもハガキの通知が届いたが、イゾルデの方は急だったようだ。
私はオペラ歌手をよく知らないし、歌のよしあしもわからないので、個人的には影響がない。
私の席は、3階L5列5番。日頃は2階席正面の席が多いのだが、そこから見える左右のバルコニー席も一度座ってみたいと思っていた。
L5・6列だけのための扉。
こんな感じの席だった。
列の右端なのと、前の列の5番には人がいないので、なかなか見やすい。
ステージの見切れもないし、これからもこのエリアにしようかな。4階でもいいな。
ただ、この席は照明が暗かった。買ったプログラム冊子を読もうとしても読みづらい。
さて待望の「トリスタン」の実演。本当に見ごたえ、聴きごたえのある時間だった。
第1幕。
ネットで、私が行く前の公演のリポートを見ていたが、藤村実穂子さんのブランゲーネは評判にたがわぬすばらしさだった。
「トリスタン」におけるブランゲーネは、重要な役どころ。プッチーニの「バタフライ」でのスズキに似たところがある。
この演出、船上の場面だが、終始暗かったのが疑問。お話としては、夕方には目的地コーンウォールに着くとされているので日中のはずだが、夜の闇を航海しているような感じだ。宙に大きな月のようなものが浮かんでいるが、どうも太陽でなく月にしか見えない。
トリスタンとイゾルデが媚薬に浮かされる中、コーンウォールに着いたら場としては明るくなるのかと思ったらそれもなかった。
第2幕が夜の場面なので、第1幕はそれと対比される描き方の方が素直に受け止められたのだが。
第2幕。
改めてこの幕の音楽の美しいことに感じ入った。
第3場でのマルケ王のモノローグ。ワーグナーにはこういうのが多いね。男声が長々と語るやつ。「マイスタージンガー」のザックスもそうだし、「ワルキューレ」のヴォータンもそうだ。「タンホイザー」にもあったか。
こういうのが苦手な人はいるだろうな、と思いながら聴いた。
第1幕も第2幕もカーテンコールはなく、すぐに客電が点いた。
第3幕。
改めて思ったが、オケのチューニングは各幕冒頭の1回だけ。特にワーグナーだからやむを得ないところだが、素オケの演奏会で曲ごとにチューニングすることからすれば、本当はオケとしても間にチューニングをしたいのではないだろうか。それとも、めいめいに合間でやっている?
トリスタンとクルヴェナールだけの第1場は少々退屈だ。ふと、大谷翔平選手と、解雇された水原一平通訳を思い出してしまった。
第2幕で、トリスタンはほぼ自殺に近い形でメロートに切られるが、その前にイゾルデに対して、自分についてきてくれるか、と念を押すような場面がある。この第3幕、トリスタン自身が死にきれなかったのは仕方がないにせよ、イゾルデがいまだ生きていることは思惑がはずれたことにならないんだろうか。そのいまだ存命のイゾルデに会いたい、会いたい、まだ来ないのか、船は見えないのか、と言うトリスタンに、何かお話としてちょっとおかしくはないか? と思ったりした。ここ、全編の重要場面なので。
でも、イゾルデが到着するあたりのトリスタンの熱唱には引き込まれた。
大詰めのイゾルデの「愛の死」は、現在、ちばマスターズオーケストラで取り組んでいる曲でもあり、第1幕前奏曲ともども没入して聴いた。
美しい歌を聴かせた後、イゾルデはその場に倒れ込むのでなく、立ち上がって去って行く演出だった。舞台上が暗転し、イゾルデ1人だけが赤く光って立ち尽くす形で終わった。
これもネット上で、先立つ公演でのフライング拍手が批判されていたが、この日も、間髪入れずに拍手が出かかった。しかしその周辺から、「シッ!」とたしなめる声が複数出ておさまり、その後に万雷の拍手。
カーテンコールでは、トリスタン、イゾルデにブーも聞かれた。歌手変更に伴うものなのだろうか。私にはブーに値するような歌だったとは感じられなかった。
私の前の列に、ブラボーおじさんがいた。終始大声でどなっていた。すばらしい演奏だったからだろうけど、あれほどのべつまくなしに叫び続けるというのは、もうそれが目的化しているのでは? といささか辟易した。
このおじさん、ここの歌手が出てくる時は、ひたすらBRAVO。イゾルデでもブランゲーネでもBRAVO。女性ならBRAVAでは? と思って聞いていたら、男女混合で出てくるとBRAVIと言っていた。使い分け今1つ。惜しかった。
さて、全幕を通じて、演出は暗いままだった。セットも抽象的で簡素に過ぎたと感じた。
そこはちょっと気になったものの、ともかく「トリスタン」の実演を堪能できたことは間違いない。
都響の演奏は全幕すばらしかった。このオペラはヴィオラソロが物を言うと聞いていたが、それも味わうことができた。
こちらは新国立劇場のFacebookに掲載された写真から借用。
新国立劇場のYouTubeチャンネルに、3月20日(水)の公演の短い映像が載っていたので、貼っておく。
「太陽WEB」に載った池田卓夫氏のリポート。
音楽之友社の「ON BOOKS advance もっときわめる!1曲1冊シリーズ」に、広瀬大介氏著の「トリスタンとイゾルデ」があり、今回行くにあたって、事前勉強に大変役立った。
スタートしたばかりのこのシリーズ、オペラはまだ「トリスタン」と「ばらの騎士」だけだが、他のオペラもとりあげられることを期待したい。
ともかく、「トリスタンとイゾルデ」の実演に接する機会が得られて本当によかった。
またいつか他で実演があれば、是非観たいものだ。