naokichiオムニバス

66歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

2014.11.16 佐世保観光<4>~無窮洞

三川内焼、皿山地区の散策を終えて、現地ガイドのHさんともここでお別れし、バスに乗って、次の目的地に向かった。

15分ほど走って着いたのが、無窮洞という場所。

ここでも、現地ガイドの方が待っていて、案内してくれた。

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無窮洞は、戦時中に、近くの国民学校防空壕として掘られた、地下教室。

空襲があっても生徒たちが勉強できるようにとの校長の発案で、高等部(今で言う中学)の男女生徒が掘ったものだという。

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狭い入口を入って行くと、これを子供が掘ったのか、と驚嘆する大きなシェルター。
全校生徒600人が入ることを想定したのだそうだ。

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使われた道具や、当時の写真が展示されている。

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入ったつきあたりが、ここで授業を行うことを想定しての教壇になっている。

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その教壇から、入口方向を振り返ったところ。

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右に折れて進む。

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次の角には、万一の時に外に逃げるためのらせん階段が設けられている。

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かまど。

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しかし、こういうものを見ると、何とも胸の詰まる思いがする。

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この無窮洞が掘られたのは、昭和18年から20年。しかも、8月15日その日まで掘り続けられたのだと言う。

6日前に、近くの長崎に原爆が落ちた情報は、伝わっていなかったのだろうか。

外に出てから、案内して下さったガイドの男性に話を聞いたところ、何と終戦当時、国民学校の6年生だったとのこと。
このシェルターの作業にも携わったらしい。
生き残っているのは自分も含めて4人、とおっしゃっていた。
まさに歴史の証人だ。
80歳になられるそうだが、これからもお元気で、と願った。