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一代年寄の件

少し前の報道によると、日本相撲協会の第三者機関「大相撲の継承発展を考える有識者会議」が提出した提言書の中で、功績顕著な横綱に対し一代限りで認めていた「一代年寄」の特例について見直しが提言された。

 

有識者会議の見解では、歌舞伎などの伝統芸能を例に「名跡は受け継がれることで価値が増す」としており、その名跡が一代限りで部屋の弟子への継承が認められない一代年寄については、「大相撲の「師資相承(ししそうしょう)」の伝統から外れた異形の資格」と問題提起したとのこと。

 

現在の相撲協会の定款にも規定がなく、制度としての根拠は見いだされない、つまり制度そのものがそもそもなかったとの見解なのだそうだ。

 

そうだったのか、制度としての一代年寄は存在しないものだったんだ、と思った。知らなかった。

 

一代年寄というものを知ったのは、父に連れられて、生まれて初めて蔵前国技館に相撲観戦に行った時だった。それは1969年(昭和44年)九月場所初日。私は中学2年だった。

 

初めて観た生の相撲の記憶は今でも残っているが、実はこの日、土俵上で横綱大鵬に対する一代年寄の授与式が行われたのだった。

 

大鵬は2場所前の五月場所で30回目の優勝を果たしたが、前人未到のこの功績を称えて一代年寄を贈る、ということで、土俵上に羽織袴姿の横綱大鵬が上がり、武蔵川理事長から表彰状のようなものを受け取った。現役力士が羽織袴で土俵に上がるのは、その後見たことがなく、今思い起こしてみれば誠に異例のことだったわけだ。

父も私も図らずも歴史的な表彰の場に居合わせたのだった。

 

以後、一代年寄は、北の湖千代の富士(辞退)、貴乃花と続く。優勝回数の面では、北の湖24回、千代の富士31回、貴乃花22回。

この内、現役中に一代年寄を受けたのは大鵬のみ、他の3人は引退後のことだったと記憶する。

 

私は今日に至るまで、たくさん優勝した力士は一代年寄をもらうものだ、という認識を何となく持ってきた。

そんな中、千代の富士大鵬の牙城に迫ったから文句なし。北の湖大鵬以来の強豪横綱というイメージがあったので、まあ納得できたにせよ、貴乃花については、優勝22回で見劣りし、引退間際の連続休場もやや印象がよくなかったので、甘いのではないかと思った。

 

しかし、それ以前にそもそも制度があったわけでないと聞くと、横綱昇進(連続優勝、それに準ずる成績)や大関昇進(3場所33勝)に相当する基準あるいは目安も存在せず、その都度の協会(理事会?)の判断で決まってきたのか、と認識させられる。

 

また、一代年寄大鵬が最初であり、それ以前にはいなかったという点も今回の報道で改めて認識した。何となく大鵬以前にもいたような気がしていたが、確かに具体的に誰が、という話は聞いたことがない。言われてみれば双葉山でさえ時津風を名乗ったのだった。

 

大鵬の優勝30回については、それ以前の最多は双葉山の12回だったから、年6場所制に移行していたとは言え、誠に破格であり、協会として何かの特別表彰をと考えたのも当然だっただろう。その表彰方法として「一代年寄」という形を発案したのは誰だったのか。非常に興味深い。

前例のない名誉への新規の表彰という点では、通算ホームラン756号の世界記録を達成した王貞治選手に、国民栄誉賞が創設されたことを思い出す。
(その王貞治氏は、今回の提言書をまとめた有識者会議のメンバーである)

 

提言書が言う、「師資相承」の伝統から外れた資格、との指摘については、千代の富士一代年寄を辞退して陣幕(後に九重)を襲名したことを思い出す。確か千代の富士は、一代年寄をもらって千代の富士部屋を名乗ると、自分が親方を辞めた後に部屋がなくなってしまうので、辞退したいと言っていたと記憶する。ここでの「師資相承」の考えと一致した考えだったかどうかはわからないが。
(一代年寄を名乗った北の湖の他界、貴乃花の協会退職により、部屋がなくなる事態は実際に起きた)

 

併せて報じられているところでは、この提言書では、外国出身力士に大相撲の伝統文化を理解させるため、師匠の指導力や協会のガバナンスの重要性を指摘したそうだ。

その中で、外国出身力士に対し「日本文化になじむ「入(にゅう)日本化」を促す」ことなどを提言していると言う。

 

今回の一連の報道は、この点にも併せてふれながら、大鵬を上回る44回の優勝を遂げている外国出身の白鵬にとって、この提言書が一代年寄白鵬を名乗る逆風になる、との論調が目立つ。

 

白鵬の現役生活がそう長くはないと見られる状況。少し前に日本国籍を取得したこと。白鵬の土俵内外の言動について批判される事象がこれまでいくつかあったこと。そうした前提から、今回の提言書と白鵬とを結びつけて論じられることは、ある程度やむを得ないと思う。

 

ただ、この2つは基本的に別の問題だ。

 

一代年寄が制度として存在しないのであれば、それを今後どうするかは、出身が日本であれ外国であれ、関係なく検討されるべきものである。

 

一方、外国出身力士の入日本化(このような言葉は初めて聞いた)については、白鵬のような大横綱であれ、入門したばかりの力士であれ、国際化する角界にとって今後に向けての重要な検討課題の1つであることは事実だろう。

 

白鵬個人に関しては、遠からずやってくる引退の時に、彼の角界への功績にどう報いるかは当然検討されるべきものと思う。このブログでも何度か書いてきたが、野球賭博八百長事件などに揺れた近年の相撲界を、白鵬が支えてきた面はきわめて大きいと思う。そこをどう評価し、どう讃えるか。制度がなくとも引き続き任意の判断として一代年寄を名乗らせることも一法だろうし、52年前に当時の人たちが知恵を絞ったような、何か別の新しい形での表彰があってもいい。

 

また年寄名跡がどうあれ(現時点で白鵬は間垣株を持っているようだ)、白鵬が協会に残って仕事をしていくのであれば(内弟子は既にいると聞く)、協会員(親方)としての元横綱白鵬には、一方の入日本化の問題は引き続きついてまわることになる。

 

さて、私はよく知らなかったが、これも報道によると、この有識者会議というものは、大相撲の国際化が進む中、伝統や文化を継承し、発展させていくことを目的にするとともに、元横綱日馬富士による傷害事件など不祥事が続き、スポーツ庁が策定した競技団体の運営指針「ガバナンスコード」を尊重しながら、相撲協会の「自己規律」の指針作成を求めるために創設されたとのことだ。

 

今回の提言書は、日本相撲協会のホームページに公開されている。こうした情報開示は大変ありがたい。

 

冒頭を読むと、協会から有識者会議への諮問事項は、

・国際化が進む中で、日本の伝統文化である大相撲を守り、相撲道の伝統を継承発展させていくための提言
スポーツ庁策定のスポーツ団体ガバナンスコードを尊重しつつ、相撲道と調和させた協会独自のガバナンスの指針の作成

とされている。

 

報道はあくまでその中の一部に焦点をあてたもので、前記の通り、1人の横綱である白鵬と関連させた面もある。

 

しかし、相撲ファンとしては、この50ページ近い提言書全体をまず読むべきだろう。私自身、まだそれをせずにこの記事を書いてきたが、この連休中の余暇を利用して、一読したいと思う。その結果、また思うところがあれば、補足したい。