女性はしゃべるのが好きだというのは世の常識である。
特におばさんになるにつれてその傾向が顕著になるのではあるまいか。
例えば、妻が誰かよその女性と電話しているのを脇で聞くともなく聞いている。
「それじゃあまた」などと言っているので、「お、終わるのかな」と思うと、そこからまた新しい話が始まり、ひとしきり盛り上がったところで、「それじゃあまた今度ゆっくり」などと言うので、「お、終わるのかな」と思うと・・・(以下同文)、
その、何と言うのか、寄せては返す波のような流れは、男には本質的に理解不能のものだなと、しみじみ思ったりする。
また例えば、ファミレスなどに行った時に、近くの4人がけのテーブルに、おばさんの4人グループがいたりする。
そのテーブルには既にコーヒーカップしか置かれておらず、食事は(おそらくだいぶ前に)終わったことを推察させる状況である。
しかし、おばさんたちのおしゃべりは、途中に「ガハハ」などという、おばさん特有の高笑いを間歇的に交えながら、果てることなく続き、時たま店員が水を注ぎ足しにきても勿論動ずることなどはなく、当方の食事の方が済んでしまって、おばさんたちより先に店を出ることになる。
妻に言わせると、食事などはあくまで前置きであって、その後が本番なのだそうだ。
3日ほど前の昼どき、銀座5丁目の「BRASSERIE LEO」という店に入った。初めて入る店である。
ランチタイムのことでテーブル席が空いておらず、こちらは一人だったので、カウンターに座った。
ここのカウンターは変わっていて、板の手前に太い手すりのような金色のパイプがついているのだが、カウンターの先端とその手すりの間に10センチちょっとの空間がある。
つまりカウンターに腹をつけることができないので、何か不安定な気分で座ることになるのだが、今はその話ではない。
私はランチメニューの中からカップルライス(キーマカレーとハヤシライスが半々になっているもの)とミニサラダを注文して待った。
そこへ、おばさん(というよりもう少し年輩の)の客が一人、カウンターの私の左隣に座った。
常連らしく、カウンターの中の店員に「今日は寒いわねえ」などと話しかけている。
店員に、今日の日替わりメニューを尋ねた後、「今日はカレーにするわ」と注文した。
注文するが早いか、携帯電話でしゃべり始めた。
「銀座に出てきてね、これからカレーライス食べるのよ」などと言っている。
しばらくして私のカップルライスが運ばれてきたので、食べ始めた。
その間もおばさん(というよりもう少し年輩)のしゃべりは止まらない。別に気になるほど大きな声でもないので、腹が立つ訳ではない。
そうこうする内、当のおばさんのカレーライスが出てきてしまった。
待っている間の時間つぶしに電話していたんだろうから、これで切るんだろうなと思っていると、なかなか切らない。
「これからね、カレーライス食べるから」と言うのだが、相手が切りたがっていない感じである。
確か、その前に「今度の週末に、お天気がよかったら会いましょう」などとも言っていた。
週末に会うんだったら、何も今、更にしゃべらなくても会った時ゆっくりしゃべればいいじゃないかなどと、余計なことを思って聞いていても、電話は終わらない。
そしてとうとうおばさんは、しゃべりながらカレーを食べ始めた。
私の方はカップルライスを食べ終わってしまったので、席を立った。
最後まで見届けることができなかったが、あのおばさんは、結局カレーを食べ終わるまで電話を切らなかったかもしれないな、と思う。