落語を思い出して笑いそうになっても、これは毎回のことなので、すぐ鎮火する。
身動きのとれない床屋の椅子で、ふとしたはずみで何か思い出し笑いをしたくなった時って困りますよね。
例えばタクシーの中だったら、後部座席にいる限り運転手からは見えないし、声さえ出さなければ身をよじってクックックとやっても大丈夫だが、床屋の場合はそうはいかない。
店員が、自分のすぐそば、今や妻でさえここまで接近してはこないという距離に顔を寄せつつ、こちらの顔を凝視しているのだ。
幸いどうにもかみ殺せないほどのおかしい話を思い出してしまって困ったことは、これまでにはない。
笑うに笑えず困るというのは、葬式などでもあることだが、ここでのテーマ、床屋でということだと、これまでに1回だけ、ほんとに困ったことがある。
思い出し笑いでなく、店内BGMである。
それは会社に入った頃だった。
実家の近くの、今はもうなくなってしまった床屋で髪を刈ってもらっていた。
その時流れてきたのが、「ハンダースの想い出の渚」であった。
この曲、ご記憶の方はいらっしゃるだろうか。
加瀬邦彦とワイルドワンズのかの名曲、「想い出の渚」のフレーズごとに、森進一を始め色々な歌手の物まねでつないでいくというものである。
私はこの曲を、その時初めて聴いた。
身動きのできない床屋の椅子で。
森進一や前川清、和田アキ子などは、おお、上手いものだと思いながら聴いていた。
しかし、曲の後半に至って、森田健作やらブルース・リーが出てきたあたりでは、本当に死ぬかと思った。
あんなに辛かったことはない。