naokichiオムニバス

67歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

グループサウンズが咲いた場所

3月にショーケン(萩原健一)が亡くなった報道を観ていて、テンプターズの楽曲を聴きたくなった。

 

ブルー・コメッツ、スパイダース、タイガースのベストアルバムは前から持っているのだが、テンプターズはない。

 

ネットであれこれ検索していたら、グループサウンズのコンピレーション盤がいくつかヒットした。

 

テンプターズにとどまらず、他のグループサウンズの代表曲も聴けるので、「100年後の日本人に残したい…究極のグループ・サウンズ」というのを買うことにした。

 

こんなラインナップである。懐かしい。

 

 Disc-1

 

   1.シーサイド・バウンド/ザ・タイガース
   2.亜麻色の髪の乙女ヴィレッジ・シンガーズ
   3.想い出の渚/ザ・ワイルド・ワンズ
   4.夕陽が泣いている/ザ・スパイダース
   5.エメラルドの伝説/ザ・テンプターズ
   6.ブルー・シャトウ/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ
   7.いつまでも いつまでも/ザ・サベージ
   8.長い髪の乙女/ザ・ゴールデン・カップス
   9.君だけに愛を/ザ・タイガース
   10.風が泣いている/ザ・スパイダース
   11.真冬の帰り道/ザ・ランチャーズ
   12.好きさ好きさ好きさ/ザ・カーナビーツ
   13.キサナドゥーの伝説/ザ・ジャガーズ
   14.小さなスナック/パープル・シャドウズ
   15.雨のバラード/ザ・スウィング・ウエスト
   16.忘れ得ぬ君/ザ・テンプターズ
   17.あの時君は若かった/ザ・スパイダース
   18.恋をしようよジェニー/ザ・カーナビーツ
   19.白いサンゴ礁ズー・ニー・ブー
   20.ダンシング・ロンリー・ナイト/ザ・ジャガーズ
   21.今日を生きよう/ザ・テンプターズ
   22.レッツ・ゴー・オン・ザ・ビーチ/アウト・キャスト
   23.遠い渚/ザ・シャープ・ホークス
   24.哀愁の湖/ザ・サベージ
   25.愛のリメンバー/寺内タケシとバニーズ

 

 Disc-2

 

   1.北国の二人/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ
   2.神様お願い!/ザ・テンプターズ
   3.モナリザの微笑/ザ・タイガース
   4.バラ色の雲/ヴィレッジ・シンガーズ
   5.ノー・ノー・ボーイ/ザ・スパイダース
   6.青い瞳/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ
   7.この手のひらに愛を/ザ・サベージ
   8.君に会いたい/ザ・ジャガーズ
   9.オーケイ!/ザ・カーナビーツ
   10.ストップ・ザ・ミュージック/ザ・スウィング・ウエスト
   11.オブラディ・オブラダ/ザ・カーナビーツ
   12.暗い砂浜/ヴィレッジ・シンガーズ
   13.おかあさん/ザ・テンプターズ
   14.いつまでも どこまでも/ザ・スパイダース
   15.愛するアニタザ・ワイルド・ワンズ
   16.バン・バン・バン/ザ・スパイダース
   17.マドモアゼル・ブルース/ザ・ジャガーズ
   18.愛する君に/ザ・ゴールデン・カップス
   19.朝まで待てない/ザ・モップス
   20.純愛/ザ・テンプターズ
   21.恋のジザベル/ザ・スウィング・ウエスト
   22.エレクトリックおばあちゃん/ザ・スパイダース
   23.素晴らしい愛の世界/ザ・スーナーズ
   24.一日だけの恋/アウト・キャスト
   25.スワンの涙/オックス

 

私の音楽鑑賞歴は、歌謡曲から始まる。時代としては橋幸夫の「潮来笠」(1960年リリース、私は5歳)あたりからだ。

 

以後、テレビ、ラジオの歌番組に没頭しながら育った私が音楽鑑賞歴を語る時、小学校5年だった1966年の加山雄三のブレイク、翌1967年からの一連のグループサウンズのブームは、絶対に外せぬ大きな事象である。

 

グループサウンズのブームからほぼ半世紀が経つわけだが、このコンピレーション盤を聴いていると、当時歌番組で観たり聴いたりしていた頃の記憶が鮮やかによみがえる。

 

ところで、本当に久しぶりにこれだけのグループサウンズの歌を聴いて、改めて思ったことがある。

 

それは、「グループサウンズというのは、つまり「歌謡曲」なんだ」ということだ。

 

多くのバンドは、ビートルズローリング・ストーンズなど、洋楽をルーツにしていたと思うが、日本で大ブームになった時点で、彼らの主たる露出は、美空ひばり橋幸夫を始めとする歌謡曲(流行歌)のジャンルの歌番組だった。

 

そして、そうした露出の場を通じて、さらにブームを加速加熱させていった。

 

私は、ブーム当時、例えばブルー・コメッツが、途中から「こころの虹」、「さよならのあとで」、あるいは「雨の赤坂」など、ムード歌謡的な作品に傾斜していった変化は感じていた。パープル・シャドウズも、最初から歌謡曲テイストのグループだった(後年、ロス・インディオス&シルヴィアがヒットさせる「別れても好きな人」が、もともとパープル・シャドウズの楽曲だったことは、知らなかった)。

 

今、改めてこのコンピレーション盤を聴くと、彼らに限らず、多かれ少なかれ、どのバンドのどの曲も、「つまり「歌謡曲」なんだ」と感じる。

 

「エメラルドの伝説」しかり、「雨のバラード」しかり、「遠い渚」しかり、「スワンの涙」しかりである。

 

外見としては、髪を長くして、それまで日本の歌手が着たことのないミリタリールックなどの衣装に身を包み、サウンドとしては、洋楽から持ち込まれた、エレキギターやベース、ドラムスで編成されたバンドではあったものの、そのサウンドで奏でられていた音楽そのものは、日本の歌謡曲だと感じるのだ。

 

思うに、これは当時のレコード会社のマーケティングの方針によるものだろう。

 

洋楽ルーツではあっても、そのレコードを売りたい相手は、ティーンエージャーを中心とした歌謡曲ファンだったということだと思う。日本においても既にビートルズの席捲はあったわけだから、若い洋楽ファンは相当数いたはずだが、レコード会社がグループサウンズを売り込みたい先は、そこではなかったということではなかっただろうか。

 

(そもそも、だからこそ、洋楽に疎い歌謡曲ファンの私の視野に入ってきたわけだ)

 

思ってみれば、ブルー・コメッツで井上忠夫ワイルドワンズ加瀬邦彦が曲を書いていた例はあったものの、多くのグループサウンズは、筒美京平村井邦彦すぎやまこういちを始めとする、「職業作曲家」が書いた作品を歌っていた。ここが今述べている私見からすれば、最も象徴的な事実である。

 

つまり、洋楽という出自と、実際に売り込まれた市場、「咲いた場所」に、言ってみればねじれがあった形なのだと思う。

 

そう考えた時に、グループサウンズとしてやっていた、当の本人たちは、どう感じていたのだろう、という点に関心が沸く。

 

例えば、スパイダース。かまやつ(ひろし)さんが作った「フリフリ」は、典型的なロックンロールだが、その彼らが、守屋浩や西郷輝彦の歌を作ってきた浜口庫之助の作品を歌うことを、当時どう思っていたのだろうか。

 

本人たちが「咲かせたい花」、「咲かせたい場所」と、現実のギャップはなかったのか。

 

もしかすると、グループサウンズのブームが短期で終わった背景には、そんな要素もあるのかもしれない。

 

念のためつけ加えれば、私個人は、エレキバンドテイストの歌謡曲としてのグループサウンズを、否定的あるいは批判的に評価するものではまったくない。

 

むしろ、冒頭に書いたように、自分の音楽受容史においては、絶対に外せない大きな事象だったし(おそらく日本の歌謡曲の歴史においても同様)、あの時期、そこにしかなかったジャンルの音楽として、大きな価値を感じている。

 

ブームから10年ほど経った1970年代末に登場した桑田佳祐という巨人は、自らのルーツの一つが歌謡曲にあると明らかにし、さらに洋楽を始めとする諸々の要素を包含しつつ、「日本のロック」を確立した。

 

グループサウンズの音楽が、今日、サザンオールスターズ桑田佳祐の音楽につながっていることは間違いないと思う。

 

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