26日(木)、Hakuju Hallで行われた、弦楽五重奏曲の演奏会を聴きに行った。新しい演奏家との出会いになった。
ベートーヴェンとブルックナー、それぞれの作曲家において珍しい弦楽五重奏が実演で聴けるチャンスということで、チケットを買い求めた。
●ensemble amoibe 第61回公演 ブルックナー 弦楽五重奏曲 アルバム発売記念公演
日 時 2024年12月26日(木) 18:00開場 19:00開演
会 場 Hakuju Hall
ヴァイオリン 石上真由子、水谷 晃
チェロ 金子鈴太郎
teketの電子チケットには、全自由席と表記されている。開場前に並んでなるべく良い席をとろうと急いだ。
17:48、会場に着くと係員の方が整理券を配っている。開場12分前だったが15番だった。
一部、会員用の指定席があるそうで、指定席表示のない席に座るように言われた。
入場。
入口でもらったプログラム冊子。電子チケットのため、途中入退場時の半券代わりに名刺大のカードももらった。
さらにこんなものももらった。演奏会で大入り袋をもらうのは初めてだ。開けていないが、5円玉が入っているようだ。
前方の席へ。
しかし、最前列は指定席になっている。そうか。
2列目は左右両端に近いところが自由席。もう少し後ろの列なら中央も含めて空いているが、このホールは客席に高低差がないので、前の人の頭が邪魔になりそうだ。
悩んだ結果、2列目、B列の16番に座ることにした。右端から3つ目の席である。それより内側の自由席は既に人が座っていた。
アルバム発売記念公演とされていて、サイン会もあると聞いていたので、席を確保してからホワイエに行って、アルバムを買った。有料(1,000円)のプログラム冊子も売っていたので、買い求めた。
来場者プレゼントがある旨の事前情報を得ていて、合い言葉を言うともらえるとのことだったので、そのコーナーをさがして、「もしかして、ここで合い言葉を言うんですか」と聞くとそうだった。
ステッカーをもらった。
これは裏側ですが、何のステッカーでしょう。ミッキーみたいですね(ドナルド説もあり)。
これでした。ぶるをた。
有料のプログラム。これを読みながら開演を待った。
デザインも含め、石上さんが制作されたものだそうで(上のステッカーの文字も彼女が書いたもの)、巻頭言も曲目解説も石上さんの執筆、アルバムレコーディングのレポートや出演者紹介などが満載。この演奏会に向けての情熱が伝わってくる充実した内容で、1,000円の価格にも充分納得した。
この公演は、「ensenble amoibe」の第61回公演と表記されている。
「ensenble amoibe」は2018年に始まったもので、石上さんがヨーロッパ滞在中にパリでサロンコンサートを行った経験から始めたとのこと(石上さんが大学の医学部卒業で医師免許を持っていることは初めて知った。「Doctor-X」の大門未知子は医師免許がなくてもできる仕事はしないが、彼女は真逆?)。
「amoibe」はギリシャ語で「変化、変容」。「様々な編成・演奏家・空間で、固定観念にとらわれない、変幻自在で自由度の高いコンサートを行う」コンセプトを表している。
つまり、今回の5人で60回公演を行ってきたわけではなく、例えば後刻のトークでも、ヴィオラの村上さんとは初共演だと言っていた。
18:45から音楽ライターの小橋敬幸氏によるプレトークが行われるとされていたが、さらにそれに先立ってブルー系のワンピースを着た石上さんがマイクを持って登場。
アルバムや有料プログラム、併せて売っているTシャツなどのグッズについて宣伝した。
石上さんの演奏を聴くのは初めてだし、話を聴くのも初めてだったが、その前に読んでいた有料プログラムの文章も含め、とても人を引きつける魅力のある人だと感じた。すっかり魅せられてしまった。
ベートーヴェン、ブルックナーの五重奏曲は、それぞれの作曲家のターニングポイントになった時期に書かれた点が共通しているというお話だった。
ベートーヴェンが五重奏曲を書いたのは、「月光」ソナタを書いた頃、31歳。耳疾に悩み始めた時期で、ハイドンやモーツァルトを乗り越えるための試行錯誤をしていた頃だという。この五重奏曲でも、古典を時々はみ出る場面があるとのこと。
ブルックナーは、交響曲を自信作である5番まで書いた後、それまでに書いた作品をあれこれ改訂するようになった。五重奏曲はその時期。自分らしい音楽を求め、あれこれ考えて前の作品を改訂していた時期に、生涯1曲だけの五重奏曲が書かれた。5人で壮大な響きを作る、室内楽の親密さにそぐわない面もある、すばらしい作品だとのお話だった。
私は、これらの五重奏曲の存在は知っていて、一応音源も持っている。ブルックナーは何度か聴いているが、ベートーヴェンはほとんど聴いたことがない。
少なくとも実演で聴くのは2曲ともこれが初めてである。
ヴァイオリンは石上さんがファースト、水谷さんがセカンド。ヴィオラは村上さんがファースト、大山さんがセカンド。
1楽章は、きわめてベートーヴェン的な音楽で、作品18の四重奏曲を思い出す。ただ、その中で、確かに色々試したり遊んだりしているように感じられた。
四重奏でなくヴィオラ1本を加えて五重奏にした意味は、まだちょっとわからないな、と思った。
2楽章は緩徐楽章。Fdurで始まり、その後頻繁に転調する。この楽章では5本の楽器を使って色々やろうとしているのがわかってとても面白かった。途中、いかにも終わりそうになって、突如フォルテになり、しかも意外な転調をしたところには驚いた。当時の聴衆になったような、未知の作品を聴く喜びを感じた。
3楽章はスケルツォだが、シンフォニーにおけるベートーヴェンのスケルツォが、どれもどこかひと癖あるというか、狙いのようなもの、肩に力が入ったところを感じさせるのに対して、このスケルツォはひたすら楽しいままで終わった。
4楽章は、遊びに遊んだ急速な楽章。プレトークでもふれられていたように、「田園」の4楽章の嵐を確かに想起させられるような音楽だが、あのシンフォニーの嵐のようなシリアスなところはない。途中で、突然それまでと遠いAdurでメヌエットみたいな音楽がはさまる。このメヌエットは調を変えてもう一度後で出てきた。
約30分の曲だった。
水谷さんがすごく楽しそうな顔をして弾いておられた。
聴いた印象としては、弦楽四重奏曲が、ベートーヴェンにとっての公式発言で、シリアスなものとして書かれたのに対して、この五重奏曲では、ヴィオラを1本足して、やってみたいことを存分にやっている、という感じ。
(作品18の四重奏曲が書かれたのとほぼ同時期のようだ)
五重奏は、2番、3番と書かずにこれ1曲で終わり、四重奏の方はあの後期の傑作群に至るまで生涯書き続けたのも何かわかる気がした。
それにしても、長年クラシック音楽を聴いてきて、こういう作品があったのを知らずにこの歳まで来たんだなあ、と思った。
こんな面白い曲がベートーヴェンにあるのを知らなかったとは。
端倪すべからざる野心作と感じた。有名曲とは言えないが、決してベートーヴェンの駄作、というわけではないと思った。
休憩は10分。
前から2列目に座ったものの、やはりこの席では見づらいのが残念。このホールはステージ自体が低いので、2列目であっても前の人の頭が邪魔になる。私の席からだとセカンドヴィオラとチェロが見えない。
1楽章の出だしは、ブラームスの1番の弦楽六重奏曲の頭を思い出させる。ともかく、トレモロにメロディが乗る形ではない(笑)。
唐突な楽想変化や転調は、やっぱりブルックナーだ。5人でのユニゾンやゲネラルパウゼもある。いかにもブルックナーだ。
楽章終わりに向けてのクレシェンドを伴うたたみかけにはニヤリとしてしまう。
聴いての「驚き」は断然ベートーヴェンの方が大きい。
2楽章。8番のシンフォニーと同じで、2楽章がスケルツォ、3楽章が緩徐楽章になっている。スケルツォなので3拍子なのだろうが、ヘミオラが混じるので何か不思議な拍子感だ。A-B-Aの3部形式。主部がd-mollで始まってDdurで終わることやトリオの雰囲気など、シンフォニーに通ずるものを感じる。
3楽章はGesdurだろうか。短調にも転調するが♭5つ基調か。
この楽章には石上さん始め演奏者が思い入れを持っているとのことだが、長いし重みを感じさせる音楽だ。ベートーヴェンの13番の弦楽四重奏曲のカヴァティーナを思い出させるものがある。
この楽章はとりわけすばらしい。圧倒されるものがある。
楽章の終わりは、8番のシンフォニーの3楽章のそれのようだった。
ここまで聴きながら、主要作の大方がシンフォニーであるブルックナーが、ほとんど書かなかった室内楽で何をしようとしたのか、考えさせられた。
シンフォニーとは異質の音楽だという感じはしない。作ろうとしている音楽は、シンフォニーと同じもののような気がする。油絵の画家が、鉛筆だけでデッサンを描くようなものか?
ただ一方、本来フルオケで書きたかった音楽の室内楽版、というふうにも感じない。やはりこの弦5本での編成としての音楽だという気がする。
珍しい弦楽五重奏でも、ブルックナーはまぎれもなくブルックナーだ、とはわかるのだが、何故この編成? という問いの答えは出ない。
4楽章。始めの方は、どこか舞曲風の軽さを感じさせる音楽で、オケっぽさからは離れたところにある印象。
シンフォニーでの「ブルックナーの音楽」に通じる、ある枠組みにのっとって作られた音楽だと、先行する楽章も含めて感じる。ベートーヴェンの弦楽五重奏曲の背景には弦楽四重奏曲がある気がするが、ブルックナーの場合はそうした関係にある曲がないので、常にシンフォニーと対比させて聴くことになる。
聴いていて「シンフォニーの室内楽版なのか?」という意識が常にあるのはやむを得ないところだ。
楽章最後、チェロがトレモロを弾き始め、そこからコーダへの運びは、突然シンフォニーっぽく、一気に曲が終わった。
50分ほどの曲だった。長かったが、やはり3楽章が圧巻というべきだろう。
20:35終演。
プログラムには、ブルックナーの後に「ダイアローグ」と書かれている。
石上さんの一連の演奏会では、演奏の後に演奏者と聴衆の対話が行われるのが常らしい。プログラム冊子には、QRコードが載っていて、これを通じて演奏者への質問などを寄せることができるようになっている。
カーテンコールとそのダイアローグは写真撮影可能、SNS拡散OK、とのことだった。
カーテンコール。
ダイアローグタイム。
左端の小室氏が司会進行。手元のタブレットで、客席からの質問を紹介しつつ、演奏者を適宜指名して回答させる形だった。
・このメンバーの集まった由来は?
・ベートーヴェンで皆さんにやついていましたが。
・ブルックナーの五重奏曲のどの部分が好きか。
・ブルックナーを神のしもべのような気持ちで弾いたか。
・大山さんが袖にはける時に村上さんの肩をたたいていたのは? 等々。
今後の活動について、石上さんから、来年はシェーンベルクのシリーズを行うとの話もあった。
ダイアローグは20:58終了。
今回の演奏会、本当に来てよかったと思った。
石上真由子という人を知ったこと。
ヴィオラの村上さんはN響のトップとしてテレビで観ることが多いが、彼と、これまで知らなかったヴィオラの大御所、大山さんの共演を聴けたのも収穫だった。
水谷さんには、2025年6月、オーケストラ・モデルネ・東京で、ブラームスのコンチェルトを弾いていただく予定がある。来年もこのオケには参加したいと思っているので、コンチェルトの共演は大変楽しみだ。
ダイアローグ終了後、ホワイエに急いだ。サイン会の列に並ぶ。前から2人目だった。
来年のシェーンベルクも是非聴きに来たい。
今後追いかけたいアンサンブルだ。