そうしたら・・・。
いつの間にか、CDの売場がすっかり縮小されてしまっていて、びっくり。
これはちょっとショックだった。
石丸電気を知ったのは高校の時。
家族で東京に出かけた時に寄ってみたが、せいぜい千葉のレコード店くらいしか知らなかった木更津の田舎者は、その在庫に驚倒したものだった。
当時は、レコードを買うと、確か記憶では15%相当の額のサービス券をくれた。それを、次以降は金券として使えるのだった。
大学に入ってからは、小平や国立から、時には友人と連れ立って、よくレコードを買いに行ったものだ。
また、就職後は、浦和の独身寮に住んでいて、会社が今いる京橋だったから、帰宅途中に秋葉原で下車して立ち寄ることが多かった。
しかし、これまでのレコードコレクター人生で、私は何枚のLPレコードとCDを石丸電気で買い求めてきただろう。
特に、在庫の豊富さでは、本当に圧倒的だった。これは山野楽器やヤマハと言えどもかなわないものがあり、石丸に行けば何でもある、石丸になければあきらめてとりよせるしかない、というのが私にとっての常識だった。
2号店の広いフロア。そして、全館がレコード売場という3号店。
さらに本店があり、近年は、ちょっと離れたところにソフト1という店舗も持っていた。
さらに本店があり、近年は、ちょっと離れたところにソフト1という店舗も持っていた。
どこの店舗でもカウンターで在庫を尋ねれば、他の店舗の在庫もわかり、さがしているものが新潟の支店にあるとなれば、新潟からとりよせてくれるのだった。
それが・・・。
今日行ってみてまず驚いたのは、かつての2号店と3号店が閉店していたことだ。どちらもシャッターが下りている。
本店に行ってみると、7階がCDとDVDの売場になっていた。かつては違うフロアだったように思いつつエレベーターに乗ったら、その7階というのは屋上なのだった。
エレベーターのボタンには「7」という紙が貼ってあったが、エレベーターの人工音声は、「屋上です」と言った。
エレベーターのボタンには「7」という紙が貼ってあったが、エレベーターの人工音声は、「屋上です」と言った。
下りて、非常階段みたいなところを横切って行くと、確かにCDとDVDが並んだ売場はあった。
しかし、記憶にある、この本店の別フロアにあった、かつての売場よりは狭い。
しかし、記憶にある、この本店の別フロアにあった、かつての売場よりは狭い。
そして、とにかくクラシックの在庫の貧弱だったこと。
この程度のレコード店だったら、どこにでもある、と思われる程度のものだった。
昔日の面影なし、とはまさにこのことだと思った。
落合博満が、選手生活の晩年、ホームランを年間に2本とか3本しか打てず、打率も3割に届かなかったことを思わず連想した。
CD現物のマーケットは縮小してきていると聞く。ましてクラシックはなおさらだ。
石丸電気の復活はおそらく期待できないだろう。
40年近く世話になってきただけに、実にさみしいことだ。