naokichiオムニバス

69歳、公務員、ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

「わざわざ聴かない」ジャンル

会社から帰って、風呂に入る時、浴室に置いてある防滴タイプのラジオをつけるのが習慣だ。

プロ野球を聞くこともあれば、20時台はFMでクラシックをやっているので、それを聴くことも多い。

そのクラシック番組は、特にジャンルを固定しておらず、その時々で、さまざまなものを流している。
オーケストラの場合もあれば、ピアノ独奏の場合もある。

だから、スイッチを入れたら、ちょうど聴きたいと思っていた「悲愴」をやっていた、なんて嬉しい偶然がある一方、知らない曲で、この曲、何? みたいなこともある。

こういう番組ででもなければ聴かないだろう、なじみのない曲、なじみのないジャンルの曲にぶつかると、むしろ貴重な機会と思ったりもする。

さて、今日。

湯船につかってラジオをつけたら、オルガンの音。独奏だ。
確信はないが、たぶんバッハ。

聴きながら、バッハのオルガン曲というのは、こういう形でなかったら、自分から進んで聴くことはたぶん死ぬまでないだろうな、と思った。

そういう曲、そういうジャンルってあるよね。

自分で、わざわざレコードを買ってきて、あるいはテレビやラジオの番組表でさがして、聴くことはないだろう、という音楽。

クラシック音楽を聴き始めた高校から大学の頃、レコードを買い集めるにあたっては、レパートリー主義的な買い方をしている友人が多かった。私自身もそうだった。

大学オケの友人でホルン吹きのKは、当時、「できるだけ早く、ブルックナーマーラー交響曲全曲を買い揃えたい」と言っていた。

また、私も、ある時期には、当時夭折したデヴィッド・マンロウの演奏を中心に、中世ルネサンス音楽のレコードばかり集めたり、また別の時期には、ロマン派のピアノ独奏曲ばかり集めたりしたことがある。

レファレンス的な意味で、どんな曲でも自分のレコード棚に揃っている、という姿が、当時から今に至る、40年以上のレコードコレクター人生の基本にある。

そうしたレファレンスの、どの曲もが、自分にとっての「常食」であるわけではない。

白いごはんのように、毎日でも食べたいもの、例えばベートーヴェンモーツァルトのような音楽がある。これが常食。

その一方で、そこまでの存在ではないながらも、ある間隔を置いてだが、定期的に聴きたくなる音楽もある。
喩えるなら、クセのあるエスニック料理だとか、身体にいいとされる薬膳料理などのようなものだ。
自分の根源的な好みからは離れていながらも、別の本能や欲求にかられて時々食べたくなるのが前者。
たまにはこういうものも食べておいた方がいいな、など別の価値判断や心がけ的なものによって、食べるのが後者だ。

例えば、イタリアオペラ、弦楽四重奏を集中的に聴きたい、と思うことがあったりする。
また、作曲家単位で、バルトーク、あるいはメシアン、武満を当分ここ数日は聴いてみたい、と思ったりもする。

で、冒頭の話に戻るのだが、わざわざ進んで聴かないジャンル、というのは、そうしたレベルにも入ってこない音楽のことだ。

もともとバッハ以前の音楽には消極的な私だが、それでも、バッハで言えば、ブランデンブルク協奏曲や、ヴァイオリン協奏曲、音楽の捧げものあたりは、たまに聴きたくなる距離にある。

しかし、同じバッハでも、オルガンはなあ・・・。まあ、要らないなあ、と、風呂の中で思ったのだった。

再び学生時代の話になるが、大学オケの親友で、ヴァイオリン弾きのMと、アパートの自室で音楽談義をしていた時、Mが「リートってのは、結局最後まで残るんだろうな」と、ぽつりと言ったことがある。

Mが言いたかったのは、これから先、長い人生の間に、色々なジャンルの曲を知りたい、聴きたいが、それでも最後まで手がつかずに残りそうなのは、リートではないか、ということだったと思う。

Mは、私をオペラの道に引き入れてくれたオペラ通だったので、クラシックの声楽が嫌いなわけではなかった。
ただ、同じ声楽でも、独唱とピアノ、というリートの様式が、いかにも遠いものに思えていたのだろう。
私も同感だった。

あれから40年近くが過ぎ、人生の残り時間も意識するようになってきたが、それでも私はいまだリートに手を出そうという気にはなっていない。
マーラーやR.シュトラウスの、オーケストラ伴奏の歌曲は、聴くことがあるが、歌とピアノの形のものは、依然として未知の領域だ。

この点では、大学時代の我々の会話は先見の明(?)があったことになる。Mが今でもリートを遠ざけているか、既に足を踏み入れて知悉しているかは知らないのだが。

これまで親しむ機会に恵まれなかった音楽でも、これからの人生で、チャレンジしてみたい、知らずに死ぬのはもったいない、と思うものはある。

以前にも書いたが、ワーグナーのリングはその一つだし、シューマンという作曲家も一度はとことん味わってみたい。

その逆に、風呂の中でバッハのオルガン曲に感じたように、別にこの先、聴かずに終わってもかまわない、という音楽は何だろう。

改めてざっと思いめぐらしてみた。

時代で言えば、バロック以前の大方の音楽。

ジャンルで言うと、やはりリート全般。

作曲家で言うと、プロコフィエフスクリャービンあたり?

手元の、名曲名盤選びの本などに列挙されている、いわゆる名曲の類を対象とすると、そんなところか。

とは言え、この歳になっても、未知の音楽にふれる楽しみがまだ残っているのは貴重なことだ。

そんなことは言わずに、まだまだ未踏の領域にチャレンジしてみるべきなのかもしれない。