naokichiオムニバス

67歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

【ネタバレご注意】2016.7.30 小田和正セキスイハイムスーパーアリーナ公演<3>

さて、今次初参戦となった、利府公演。

オープニングは、「wonderful life」だった。「あの日あの時」を持ってのツアーだから、新収録の2曲(これと「風は止んだ」)の中では、オープニングにふさわしいのは、やはりこの曲だ。納得。

メンバーを紹介する最初のMC。ここで、小田さんから「こんな辺鄙なところまで来ていただいて」という発言があった。あ、やっぱり、小田さんもそう思ってたんだ(前回のツアーでも、この会場は使っている)。

その後、「あの日あの時」の話題となり、3枚組の内、計画したわけではないが、1枚目がオフコースの曲で占められることになったとの話があり、「この後、オフコースの曲をずらっと並べてやります」。

「眠れぬ夜」は、「あの日あの時」では、新しくレコーディングされたが、そのアコースティックなイメージの演奏で、弦が加わった。

「昔は、別れる歌ばかり書いていて」との話があって、「その代表的な曲を」と、「秋の気配」。そして「さよなら」と続いた。

「さよなら」は、オフコースオリジナルのアレンジがベース。

「この曲は、会場のみんなにも歌ってほしい」と、「僕の贈りもの」。個人的には、格別好きな曲ではないが、小田さんには、特別な思いがある曲なのだろう。

「さよなら」と「時に愛は」では、稲葉(政裕)さんのギターに合わせて、真っ赤なライト。これはとても合うと思った。

「時に愛は」を聴いていて、やはりコーラスは、当時のオフコースには及ばないなあ、と思ってしまった。
あと、ツインギターでの小田さんは、失礼を承知で書くが、やはり稲葉さんには見劣る。これも、当時の、鈴木(康博)さんと松尾(一彦)さんのツインギターを思い出した。

「あの日あの時」で、新しく録音されたもう1曲、「心はなれて」は、小田さんのピアノと弦。この日のピアノは、ヤマハだった。
小田さんのインタビュー記事で読んだが、金原(千恵子)さんと、ヴィオラの徳高(真奈美)さんは、オフコースのライブでこの曲を聴いているそうだ。となると、当時は、高校生くらい? 彼女たちにとって、今こうして、その曲の弦をライブで演奏できるというのは、とても感慨があることではないだろうか。

小田さんのライブにすっかり定着した、金原さんたちの弦は、今回も素敵だった。見ていて、ファースト・ヴァイオリンの金原さんでなく、セカンドの吉田(翔平)さんが、アンサンブルをリードする場面が結構あるように思った。あと、やはり、カルテット編成の中で、チェロの音というのは、有無を言わさぬ魅力があるな、としばしば思った。

(それにしても、オフコース時代から見てきた身としては、今回も園山(光博)さんがいないのが、残念だ。2回続けて不参加ということだと、たまたま都合がつかなかった、とかではなく、何らかの事情があるのだろうが)

一連のオフコースナンバーが、「Yes-No」で盛り上がったところで、「ご当地紀行」。

仙台市内や、東北大学だけでなく、「ちょっと足を伸ばして」と、山形の山寺が出てきた。そう言えば、今回は、山形での公演がない。あの山寺の石段を、きつい、きつい、と言いつつ、途中では走って上がるなど、いくら小田さんでも無茶でしょ、という場面もあった。

後半、3曲目の「恋は大騒ぎ」(ライブではずいぶん久しぶりだ)では、新演出。公式サイトでツアーの映像を観ていたら、いくつもの巨大な風船が、アリーナ席をふわふわと飛んでいるのがあった。何だ、これは? と思っていたのだが、それは、この曲でだった。
私は気がつかなかったのだが、妻によると、2階席から、一斉に風船が投げ下ろされたらしい。10個かそこらはあっただろうか。直径1メートル以上はあると思われるまん丸な風船が、アリーナ席の客がトスして、あっちへこっちへと飛んで行くのだ。

                     ※公式サイトから転載させていただきました。
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風船が、歌っている小田さんのところへ行くと、小田さんが、それを客席に投げ返し、蹴り返す。そんな、文字通り「大騒ぎ」だったので、歌はあんまり聴いてなかった(笑)。

次に演奏された「キラキラ」では、小田さんが、スタンド席に上がった。そして、続く「ラブ・ストーリーは突然に」の2曲分の時間をかけて、スタンド席を一周。

「キラキラ」から「ラブ・ストーリー・・・」は、栗尾(直樹)さんのキーボードによる間奏で、メドレーのようにつながれて演奏された。毎回演奏される「ラブ・ストーリー・・・」だが、あの冒頭のギターのカッティング・ソロがなかったのは、初めてだと思う。

「風と君を待つだけ」を、今回もやってくれたのは、嬉しかった。

「my home town」は、弦を使わなかったのが意外だった。小田さんのピアノと栗尾さんのキーボードのみ。どこかで弦がからむかと思ったが、なかった。仙台の古い映像が使われたが、それは、ここでの公演だったからだろうか。それとも、どこでもこの映像を使っているのか。

本編最後のMCでは、「途中、ちょっとバテ気味になった」との話があった。やっぱり、ライブ前日に山寺は無茶じゃなかったのかなあ。もうじき69歳だし。

「仙台に来て50年になる」という話の後、「君住む街へ」。今回、これをツアータイトルにしたことについては、特にふれられなかった。

   ※関連記事
       ツアータイトル「君住む街へ」
          http://blogs.yahoo.co.jp/naokichivla/65287190.html

アンコールは3回。

2回目のアンコールで2曲が歌われ、一同整列しての一礼も終わっていたので、ここまでかな、と思ったら、エンディングのアニメーションが始まらないので、まだありそうだ、と待っていると、メンバーが登場。

元のポジションにはつかず、全員がマイクを持って、横一列に並んだので、もしかして「いつもいつも」かと思ったが、アカペラ曲ではあったものの、聞き覚えのない曲だった。曲の中に「また会えるまで」「また会える日まで」という言葉が出てきた。

これで終わりかと思ったら、メンバーがまた配置についた。え、まだやるの? という驚きもあったが、演奏された曲にもっとびっくり。

「NEXTのテーマ-僕等がいた-」。

そう言えば、2回目のアンコールが終わって、メンバーが退場した後、前列の少し右の方にいる若い男性が、しきりと、「小田さん、ネクスト~!」、「小田さん、ネクスト~!」と叫んでいて、何だ、この人? と思っていたのだが、つまり、彼は知ってたんだね。

それにしても、何故、この曲を、最後の最後に?

「君住む街へ」のツアータイトルともども、この曲の意味についても、考えさせられてしまった。後で調べたら、この曲は2008年のツアーで演奏されている。特に長年封印してきたというわけではないようだが・・・。

この曲の歌詞に、「新しい時の流れの中で いつかまた会える時がくるね その時またここから 歩き出せばいいから」とある。少なくとも、その前に歌われたアカペラ曲の歌詞、「また会える日まで」と関連した意図はあるのだろう。

何故、前回のツアーが終わった翌年に次のツアーを? ということとも関連するかもしれない。
おいそれと次のツアーができるとは限らない、という気持ちが、「また会える日」「また会える時」と歌わせたのか。

あるいは、鈴木さんに対するメッセージとか?