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68歳、ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

前橋汀子カルテット ベートーヴェンの傑作を弾く

29日(火)、前橋汀子カルテットの演奏会を聴きに行った。

前橋汀子カルテット ベートーヴェンの傑作を弾く

日 時 2019年1月29日(火) 18:30開場 19:00開演
会 場 Hakuju Hall
演 奏 前橋汀子カルテット
        前橋 汀子 ファースト・ヴァイオリン
        久保田 巧 セカンド・ヴァイオリン
        川本 嘉子 ヴィオラ
        原田 禎夫 チェロ
曲 目 ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第8番ホ短調「ラズモフスキー第2番」
     ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調
     [アンコール] チャイコフスキー アンダンテ・カンタービレ

昨年、日本経済新聞の「私の履歴書」に前橋さんが登場し、近年は室内楽にも力を入れていると書かれていたことから、この演奏会のチケットを買い求めた。

Hakuju Hallは初めてである。

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ビルの7階にあり、エレベーターで上がる。

プログラム冊子。

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私の席は、D列18番。かなり前方の右端の席だ。

座ってみて、これはどうかな、と思ったのは、ステージが低く、前列、Cの17番に大柄な男性が座っていたことだ。

開演し、4人の奏者が出てきて座ったが、はたして、その男性の頭にすっぽり隠れてしまう。

当方が左に身体を傾けると、辛うじて前橋さんだけ見えて、他の3人は見えない。右端の席なので、通路側に傾くと、前橋さん以外の3人が見える、といった具合。

音楽だから、音が聞こえればいいというものではない。各奏者の手元も見たいし、パート間の受け渡し、連携も見たい。

弦楽四重奏で、4人の奏者を同時に視界に入れられないというのは、非常に痛い。

基本的にはステージの構造そのものの問題で、文句を言って改善されるものではないと思いつつ、もう少しステージが高ければと感じた。

それは別にしても、ヴィオラの川本さんを重点的に見たい私としたことが、上手側の席を買ったのは失敗だった(ヴィオラは外配置)。

さて、2曲プロの前半は、8番。

16曲の四重奏曲の内、私にとって一番距離があるのは、「ラズモフスキー」の3曲である。中期の傑作との評価は知っているが、個人的にはそうなじんでいない。

加えて、その3曲の中の比較では、8番がこれまた一番遠いのだ。つまり、16曲中で最も自分にとってなじみ度の低い曲なのである。

そんな8番だが、改めて虚心に聴いて、曲の魅力を再発見したし、この四重奏団の豊潤な響きに魅せられた。

川本さんのヴィオラは、とりわけすばらしかった。野太い音で他パートを圧するということではなく、しかし非常に力強い音で、4分の1を超える存在感があった。弦楽四重奏という曲種における、ヴィオラの存在価値が伝わってくる川本さんの演奏だった。

マチュアの立場をわきまえず、この曲、弾いてみたいな、とつい思った。

20分間の休憩の後、後半は、座り方を変えた。普通に椅子に座ることはやめて、座面には左臀部だけを置き、右半身は通路側にはみ出る形にした。椅子の右には木製の肘掛けがあるが、この肘掛けが背中に当たるような格好。

決して楽な姿勢ではなかったが、これだと4人の奏者がちゃんと見える。

後半の14番は、学生時代から長く親しんできた曲だ。

13番、14番、15番の3曲は、私にとっては、順番をつけるのが大変難しい傑作群である。14番が一番、と思う時期もあれば、いや、15番の方が、と思ったりする。現時点では、13番か、と思っている。

順位づけはともかくとして、「これを聴かずに人生を終えてしまうのはもったいない」という音楽があるとすれば、私の価値観では、この3曲がその最たるものである。周囲の音楽好きに、機会があればそのように話すこともある。

今回、この14番の演奏を聴いて、3曲の中で「すごい音楽」という点では、やはりこれが最上位かな、などと思った。

久石譲氏が、ベートーヴェンの9つの交響曲の録音を順次リリースしている。「ベートーヴェンはロックだ」というスローガンだが、そのことを、2楽章を聴いていて思い出した。この2楽章、ロックの要素があるな、と。

ロックついでに、7つの多彩な楽章構成によるこの14番は、ビートルズの「サージェント・ペパーズ」みたいなものではないか、とも思った。終演後の帰り道、電車の中で、「サージェント・ペパーズ」をウォークマンで聴いた。

4楽章を聴いていると、ハイドンモーツァルトの四重奏のような、ファースト・ヴァイオリン主役の組み立てが、まったく存在しないことを改めて知らされる。

ハイドンがこの曲種を確立して、さほど経たぬ内に、ベートーヴェンがなしえた革新の何と大きいことか。もしかすると、シンフォニーにおけるベートーヴェンの革新よりも大きいかもしれない。

この4楽章、本当に、何と巨大な音楽であることか。ハイドンモーツァルトが聴いたら、さぞ驚いたのではないだろうか。
(但し、ハイドンモーツァルトの四重奏が、その価値において低いと言いたいわけではない)

最後の7楽章に至って、伴奏のリズムが、8番の終楽章と同じであることに気づいた。なるほど、それでこの2曲を組み合わせたのか、と思った。

しかし、この名手たちにして、この14番という音楽をここまで仕上げ表現するのは、たやすいことではないのだろう、と感じた。

7楽章は、僅かに疲れが出たように思われた。

アンコールはなくても充分、と思ったが、あった。

原田さんがMC。「ベートーヴェンは、もうくたびれたので(場内から笑い)、皆さんもそうだと思いますが、ドイツを離れてロシアに行きまして」と、「アンダンテ・カンタービレ」が演奏された。

何と平明で心にしみる音楽だろう。これも弦楽四重奏の、別の魅力だ。

充実した、聴き応え充分の演奏会だった。

しかし、今度やる時は、別の会場にしてほしいな(笑)。このホールでも、別の席を選べばいいのか?