13日(水)、J:COM浦安音楽ホールにクァルテット・エクセルシオの演奏会を聴きに行った。
ベートーヴェン全曲チクルスの3回目である。
今回は、演奏会に先駆けての公開リハーサルも観に行った。大フーガのリハーサルだった。
クァルテット・エクセルシオ公開リハーサル
https://naokichivla.hatenablog.com/entry/2021/01/10/063131
●ベートーヴェン生誕250年記念 弦楽四重奏全曲チクルス 第3回
日 時 2021年1月13日(水) 18:30開場 19:00開演
会 場 J:COM浦安音楽ホール コンサートホール
演 奏 クァルテット・エクセルシオ
曲 目 ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第7番ヘ長調「ラズモフスキー第1番」
ベートーヴェン 大フーガ変ロ長調
ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第13番変ロ長調
重量級のプログラムである。
席は1階F列12番。セット券なので毎回同じ席だ。
最初は「ラズモフスキー」1番。
1楽章の開始テンポは速い。アマチュアの身としては、セカンド・ヴァイオリンとヴィオラがいきなり刻み始めるこういう曲って、どうやってテンポを合わせるんだろう、とつくづく思う。
1楽章展開部の対位法で進行するところに引き込まれた。
2楽章は、ふと4番の同じ2楽章を思い出した。あれに比べるとはるかに確信に満ちた音楽に聞こえる。
3楽章は実に聴きごたえがあった。曲の進行の中で、ベートーヴェンが、その時々に4本の楽器に与えた役割の妙に圧倒される。
日頃よく聴くベートーヴェンの四重奏曲は10番以降が多く、「ラズモフスキー」などはそう聴かない。しかし、こうして実演でじっくり聴いてみると、やっぱりこの7番は非常にベートーヴェンらしい力作だと実感する。
6番までの四重奏曲からこの7番での大きな飛躍は、シンフォニーにおける2番から「エロイカ」への飛躍に匹敵すると思う。
(6番と7番の間には6年の間隔があるが、この間に、シンフォニーでは2番と「エロイカ」、ピアノ・ソナタでは「ワルトシュタイン」「アパッショナータ」が書かれている)
この7番では、ヴァイオリンの2人の音がちょっとばたばたしていると言うか安定感がないのがちょっと気になった。またセカンドがいつもよりおとなしい印象も受けた。
2曲目は大フーガ。メインの13番は差し替えられたフィナーレが演奏され、当初のフィナーレだったこの大フーガは休憩前に置かれる形。
大フーガは前の週の公開リハーサルでその練習過程を観た。
その時も思ったが、とにかくまあ長い曲だ。そして聴いていても息が抜けない。7楽章が休みなく演奏される14番は、時間としてはもっと長いが、曲想の変化はあるので途中でほっとくつろぐ余地がある。
大フーガの場合は、始まったら最後、という感じがある。
それにしても、プロの四重奏団というのはすごい、と思ってしまう。この大フーガは、形のまとまりが次第に崩れて、途中からそれぞれが付点のモチーフや3連符などそれぞれのことをやっているというふうになる。アンサンブルは大変だと思うが、バラバラになることがいささかもなく進行する様は圧巻だ。アマチュアだと得てして自分の楽譜しか見ていないというアンサンブルになるが、当然のことにプロは全体のスコアが頭に入っているのだと思う。ここで合わせる、ここで集合する、と言ったポイントがリハーサルの中で共有されるのだろう。
15分の休憩の後、13番。
このチクルス、後期の曲は、第1回で12番、第2回で16番と来て、いよいよ13番だ(第5回が14番と15番の2曲プロ)。
すばらしい演奏だった。
4楽章は心持ちゆっくりめのテンポがとても心地よかった。
5楽章のカヴァティーナは実に美しかった。
6楽章は、軽くなり過ぎないようにとの意図かやや遅めのテンポだった。
個人的には、後期5曲の中では、13番、14番、15番の3曲がいずれ甲乙丙つけ難い不滅の傑作と思っている。
今回聴いて改めて思ったが、この13番という曲は、軽さ、愉しさの要素では3曲中最も際立ったものがある。ディヴェルティメント的な魅力があると言えるだろう。14番、15番はそれに比べてもっとシリアスだ。前半の7番などは、これぞベートーヴェン、と言った剛速球の音楽だが、13番になると肩の力が抜けた自在な境地、高みに到達していると感じる。そんな13番の性格を堪能した。
ところで、この曲の場合、6楽章に大フーガをもってくるか、最終稿のフィナーレをもってくるかの問題がある。
これについては、前者を採るスメタナ四重奏団のレコードについて、学生時代に読んだ大木正興氏の批評では、「もちろんのちに添加された別の終楽章も美しいが、その前のカヴァティーナの悲愁から立直るには、どうしてもこのフーガの力が必要であることを、この演奏は切実に訴えている」とされていた。
一方、前週の公開リハーサルで実況をされた渡辺和氏の著書、「クァルテットの名曲名演奏」(音楽之友社)には、アマデウス四重奏団の講習会に、ある若いプロの団体がこの13番を持ってきた時のエピソードが書かれている。その若い団体が終楽章に至って大フーガを弾こうとした時に、講師アマデウス四重奏団が「どうしてベートーヴェンのフィナーレをやらないのか」と言ったのだそうだ。メンバーのブレイニン氏の説によれば「ベートーヴェンはみずからの意志で終楽章を書き換えたのだから、それを尊重するべき。それに、終楽章にフーガを置くと、全曲の中心が第5楽章のカヴァティーナにある事実がかすんでしまう」とのこと。
大木氏、ブレイニン氏は、カヴァティーナをめぐって正反対の見解を示していて大変興味深い。
私自身は、スメタナ四重奏団のレコードそして大木氏の批評で育ったので、基本的には最後が大フーガでないといささか軽量級の曲になってしまう気がしている。
しかし、クァルテット・エクセルシオの実演を聴いて、この曲全体のディヴェルティメント性からすると、この方がいいかもしれないとも感じた。
いずれにせよ、後先は別にして大フーガも含めてのプログラミング。冒頭に記した通り重量級の演奏会だった。この3曲を、気持ちをとぎらせずに聴き通すのはなかなか難しかった。
全曲チクルス、4回目は2月6日(土)。作品18の6曲である。一転して初期のみのプログラム。これも楽しみである。