naokichiオムニバス

66歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

違和感のある書き方~朝日新聞

パラリンピックの閉会を報じる朝日新聞の記事。

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最初の要約部分。

「閉会式が国立競技場(東京都新宿区)で無観客であり、・・・」。

 

この書き方には違和感を感じる。

 

主語・述語だけを抜き出せば、

   「閉会式があり、」

となる。

 

閉会式は「ある」ものなんだろうか。

「開催される」、あるいは「行われる」の方がすっとなじむように思うのだ。

   「閉会式が国立競技場(東京都新宿区)で無観客で開催され、・・・」

   「閉会式が国立競技場(東京都新宿区)で無観客で行われ、・・・」

 

違和感のもう一つは、この書き方だと、「・・・である」(我が輩は猫である、の)を想起させる点だ。

 

本文にもこういう書き方がある。

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「22競技539種目があり、・・・」。

 

これもおかしくないかなあ。

競技、種目は「ある」ものなんだろうか。

   「22競技539種目が行われ、・・・」

   「22競技539種目で熱戦が繰り広げられ、・・・」

でしょ。

 

朝日新聞は、時々こういう言い方をする。以前から長く使われる言い方で、ずっと気になってきた。

 

裁判の報道記事にも使われる。今、そのものずばりの記事が手元にないので、記憶で書かざるを得ないが、

   「○日、××事件の控訴審判決が東京地裁であり・・・」

みたいな言い方である。

 

これも主語・述語を取り出せば、

   「判決があり、」

になるのだが、判決は「言い渡される」ものだと思う。

(判決公判なら「開かれる」もの)

 

この場合も、言い方が「であり」となってしまうのが、「「運命」はベートーヴェンの代表作であり」みたいな言い回しを連想させられてしまう。

 

朝日新聞においては、ある記者がこういう書き方をしているわけでなく、社の文章規範の一つとしてこれを採用しているのだろうと思う。

 

私が言うのも、違和感であって、日本語として間違いだ、とまでのレベルではない。

 

ただ、同じ日の日本経済新聞

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こちらの方が、私にはやっぱりすんなりと読めるのだ。