12月16日はベートーヴェンの誕生日だが、私にとってはそれと併せて、N社(京橋)の労働組合の結成記念日としての意味もある。
毎年、12月16日には、組合の結成記念日だなあ、と思うことが多いが、1973年結成の組合、今年は50周年なのだった。
気がついてよかった~。
今朝は、会社OB、組合本部OBとして、現在の本部三役に祝賀のメールを送った。
以下、組合の思い出話を少々。
私がN社に入社したのは1978年。新入社員研修の合間に労働組合の説明会があった。労働組合があるんだ、と思ったものだった。結成5周年の年だが、特にイベント等はなかった気がする。
入社2年目から職場委員や支部執行委員などを務めた。
10周年の1983年は、千葉の現場事務所にいた。組合の機関紙が10周年記念の特集を組み、自分の事務所の所長が寄稿した。競馬好きの所長だったが、結成の1973年がハイセイコーやタケホープ、10周年のその年が三冠馬ミスターシービーで沸いたことにふれていたのをおぼえている。
15周年は1988年。千葉から本社の営業企画部に移っていた。15周年記念事業として、機関紙15年分の縮刷版が全組合員に配付された。電話帳のような厚さの縮刷版は、私のまわりでは結構不評だった。
その後、1992年から6年間、本部の専従役員を務めることになる。
(併せて、同業企業の組合の協議会である、道路建設産業労働組合協議会の活動にも関わった)
1993年の20周年は、本部の立場でいくつかの記念事業を企画した。全組合員に抽選番号付きのテレホンカード(時代だなあ)を配り、賞品をプレゼントしたり、全職場の組合員の写真集を作って配ったりした。この写真集には、全都道府県のお国自慢を各地から寄せてもらって併催した。先の縮刷版よりは喜んでもらえたのではないかと自負する。
これからの時代に向けて組合も変わっていくべきとの声があり、「組合リニューアル委員会」を設置して、若い組合員を集めてあれこれ検討したのも20周年記念事業の1つだった。左翼色のイメージを変えるべく、「書記長」を「事務局長」、「教宣」を「広報」に改めるなどした。
25周年の1998年は専従を退任した年。30周年の2003年は人事部勤務で非組合員、団体交渉で会社側の立場だった。
自分の会社生活、職歴を振り返る時、労働組合のウェイトは大きい。組合に大きく関わったことは、誇りでもある。
労働組合の活動環境は、私の頃とは色々変わってきていると思う。
しかし、少なくともN社においては、当時私が確信していた、労働組合の充実が会社のためにもなるということは、不変だろうと思っている。
今日の祝賀メールにもそのようなことを書き添えた。
半世紀の活動を支えてきた組合員、すべての先輩方、後輩の皆さんに感謝。
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