naokichiオムニバス

68歳、ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

「ステージの魅力に惹かれて」

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04年4月から1年間、厚生労働省の外郭団体に出向していた。
東京に本部を置き、北海道から沖縄まで各都道府県に事務所を持つ全国規模の組織であった。
私がいた職場は、東京事務所と言って、約70人ほどの職員が勤務していたが、そのほとんどが民間企業からの出向者だった。

この外郭団体には、職員だけが閲覧可能なイントラネットのホームページがあった。
職員向けの連絡事項などが掲載される他、娯楽読み物として、「私のとっておき」というページがあった。
これは、全国の事務所に勤務する職員が、自分の趣味などを紹介するもので、月1回ペースで更新されていた。
ある人は山登り、ある人は詩吟、ある人はヨット、ある人は料理等々を毎月書いて寄せており、楽しく読んでいた。

出向間もない頃、浦安とは別のオケの練習が平日にあり、楽器を持って出勤したのが、職場の先輩の目に止まり、楽器をやっていることが職場の少々の話題になった。
そして、その話がどう伝わったのか、後日、イントラネットホームページの担当部署から、「私のとっておき」に書かないか、との依頼がきた。

お盆休みに原稿を書き、9月1日更新のページに1ヶ月載った。
これがきっかけで、今に至るまで、浦安オケの演奏会を聴きにきて下さっている方もいる。

この文章は、クラシック音楽やオーケストラになじみのない方も含めた全国の職員を読者層に想定して、日頃のオケ生活を紹介したものだ。
アップ時は、演奏会の写真など数枚を添えた。上の写真はその1枚で、04年2月の市民演奏会のもの(黒岩英臣先生指揮のモーツァルト「レクイエム」)。

改めて、このブログに本文を再掲しておこうと思う。




ステージの魅力に惹かれて
                            東京事務所 参与 (naokichi)

 私は現在、千葉県浦安市を本拠とする「浦安シティオーケストラ」という市民オーケストラでヴィオラを演奏しています。ヴァイオリンよりも大きく、チェロより小さいサイズの弦楽器で、皇太子殿下が弾かれるのをご存知の方も多いと思います。
 ヴィオラは、オーケストラの中では裏方にまわることが多い楽器です。ヴァイオリンやチェロのように、主役となって美しいメロディを奏でる場面はほとんどなく、曲の構造(リズムやテンポ、ハーモニー)を支える役目を主に負っていますが、そこが自分の性格には合っていると思っています。

 子供の頃から音楽が好きで、中学までピアノを習っていましたが、ヴィオラは、大学入学後にサークルで管弦楽団に入部してから始めました。ピアノと違ってソロで演奏する楽器ではないこともあって、就職後は演奏から遠ざかってしまい、このまま一生弾かないだろうと思っていました。
 しかし、人生何があるかわからないものです。ある晩、大学のオーケストラの先輩から突然電話があり、今のオーケストラへに入団しないかと誘われました。楽器にはかれこれ16年さわっていない、いわばペーパードライバーのような状況でしたが、せっかくの誘いでもあり、とりあえず練習に参加してみることにしました。1995年1月、神戸の震災の直前でした。そのまま入団し、以後、遠方への転勤がなかったのも幸いし、既に10年目に入っています。
 演奏歴もそれなりに長くなりましたので、モーツァルトベートーヴェンブラームスを始め、マーラーシベリウスに至る、数々の交響曲管弦楽曲、協奏曲などを経験してきました。

 練習は、毎週日曜日の午後、新浦安の公民館に団員が集まって3時間程度行っており、千葉市の自宅からJR京葉線で片道1時間ほどかけて通っています。
 我々の練習の最終目標は、お客様を前にした演奏会の本番です。演奏会は原則年2回あり、次の演奏会で演奏する曲を半年かけて準備する訳です。本番はいつも浦安市文化会館大ホールで行っています。
 オーケストラの人数は、演奏する曲にもよりますが、普通は70~80人程度です。これだけの人数で合奏をするのは、プロならいざ知らず、我々アマチュアにとっては本当に難しいことです。私には経験がありませんが、演劇で、主役から脇役、端役に至るまでの全員が台本を覚え、言うべきセリフを言うべき時に言い、するべき動作をするのは、大変だろうと想像します。オーケストラの場合も、フルート、クラリネットを始めとするたくさんのパートに分かれたメンバーが、作曲家の書いた楽譜に従って、テンポを合わせ、リズムを合わせ、ハーモニー(音程)を合わせないと、人様に聴いて頂けるような音楽にはなりません。指揮者が棒を振ってくれているのだから、合わせられるように思われるかもしれませんが、難しい曲の場合などは、楽譜を追いかけるのが精一杯で、指揮者を見る余裕などなかったりもします。一人一人が曲を覚えて慣れ、練習を重ねながら、指揮者、トレーナーの指導のもと、半年かけて合奏を少しずつ整えていく訳です。
 市民オーケストラは、草野球に似ていると常々思います。プロのレベルとは比較もできない技量であっても、ともかく野球をする、演奏するのが好きだから集まった人たちで、その好きなことを精一杯やる。本番の試合、演奏会ではあちこちでミスも。しかし、終わった後は、そんなミスもお互いに慰め励まし合い、次はもっといいプレーを、演奏を、と反省しつつ、打ち上げで飲んで騒ぐのです。

 オーケストラのメンバーにとっては、毎週の練習の集大成、ゴールとして、演奏会本番のステージがある点が、一番のモチベーションです。私もそうです。楽器を弾くこと自体も、もちろんとても楽しいのですが、それが仲間内の楽しみだけで誰に聴かせる機会もない活動であったなら、10年も休日の浦安通いは続いてこなかったでしょう。私を駆り立てやめさせずにきたものは、ステージの魅力です。実に、私にとってステージ、舞台に立つということには、生活の他の場面では決して味わえない魅力があります。
 開演を待つ舞台袖。緊張はもちろんあります。同時に、長いこと練習してきた曲を弾くのもこれで最後、あと1回だけだ、という一抹の寂しさもこの時点で感じます。
 そして開演のチャイムが鳴り、舞台に出て照明を浴びた時の高揚感。緊張しないで平常心で弾こうと自分に言い聞かせるのですが、たくさんの聴衆を前にすると、やはり普段のようにはいきません。弓を持つ右手にはいつもより力が入り、演奏が進むにつれてその右手がガチガチになっていきます。練習では一度もなかった弾き間違いをいくつもしてしまいます。
 しかし、演奏を終えて客席から拍手を頂いた時の達成感や感激は、たとえ自分の出来に不足や反省を感じていても、それを更に上回る満足を与えてくれます。そして、舞台から下がらない内に、早く次の演奏会がくればいいと既に思い始めています。
 こうした、始まる前の緊張から終わった後の解放に至る、情緒面でのダイナミックなプロセスこそが、ステージの魅力、吸引力です。会社の仕事においても、多忙や苦労が報われて達成感を得ることはありますが、エモーショナルな部分で、ゆさぶられるような興奮を覚えるまでの経験は、したことがありません。

 団としての定期的な演奏会が原則年2回。その他に、浦安市の行事として行われる市民ミュージカルや、市民合唱団の演奏会に、地元のオーケストラとして参加もしています。これに加えて、ヴィオラ人口の少なさから、近隣のオーケストラに個人として手伝いに呼ばれる機会もあり、そんなこんなで、平均して年5~6回の本番に出演しています。今年(2004年)は、2月、6月(2回)、7月、9月、11月と計6回の本番を予定しています。

 入団10年目と既に古参となり、周囲の団員には若い人が増えてきました。しかし、自分より上の年代の団員も何人もいますし、事情が許す限りはこれからもまだまだ続けて、ステージの醍醐味を満喫していくつもりです。また、今後遠方への転勤があったとしても、赴任先に市民オーケストラをさがしてもぐりこめればと考えています。