帰宅後録画で観た3位決定戦、谷選手は勝ってもまったくにこりともしなかった。
悔しかったのだろう。
悔しかったのだろう。
残念。
でも・・・。
オリンピックだから関心がある。甲子園の本大会だから関心がある。
あくまで、「本大会に出てきた選手、チームの成績」に関心がある、というレベルだ。
その競技の本当のファンは、そんなものではないはずだ。
あくまで、「本大会に出てきた選手、チームの成績」に関心がある、というレベルだ。
その競技の本当のファンは、そんなものではないはずだ。
こんな私が、残念だとか、悔しいだろうとか、まして、もう負けちゃって、何やってんだよ、とか言っていいものではないんだよね。
今日の朝刊、出産後の谷選手が、いかに苦労を重ねてきたかが書かれていた。
授乳、離乳食、子育てと柔道の両立。
女性として、子供を産むということは、大変なことなんだろう。
それでなくとも年齢的に、アスリートとしてだんだん厳しくなっていく中で、もうこれで5回目になるオリンピックに出場することは、大変なことなんだろう。
それでなくとも年齢的に、アスリートとしてだんだん厳しくなっていく中で、もうこれで5回目になるオリンピックに出場することは、大変なことなんだろう。
私レベルのスタンスの人間は、「何だ、金じゃなかったのか」と思ってしまいがちだ。
「オリンピックだから」観て、「金であるかどうか」に目が行ってしまう。
「オリンピックだから」観て、「金であるかどうか」に目が行ってしまう。
大変なことをいっぱい乗り越えてきての銅メダル。
銅「しかとれなかった」のか。
銅「に何とか手が届いた」のか。
銅「に何とか手が届いた」のか。
悔しいのか。
満足なのか。
満足なのか。
本当のところは、谷選手の心の中にしかない。
もしかしたら、谷選手自身にも、わからないのかもしれない。
もしかしたら、谷選手自身にも、わからないのかもしれない。
頂点をきわめた選手が、下り坂になることは仕方がないことだ。
いつまでも勝ち続けることはできない。どんな大選手でも、必ず敗れ、退く時がやってくる。
いつまでも勝ち続けることはできない。どんな大選手でも、必ず敗れ、退く時がやってくる。
さだ(まさし)さんの「甲子園」という歌(「風のおもかげ」所収)に、こういう歌詩がある。
「3000幾つの参加チームの中で
たったの一度も負けないチームはひとつだけ
でも多分君は知ってる 敗れて消えたチームも
負けた回数はたったの一度だけだって事をね」
たったの一度も負けないチームはひとつだけ
でも多分君は知ってる 敗れて消えたチームも
負けた回数はたったの一度だけだって事をね」
一度も負けることなく、優勝する選手、優勝するチームは、一人、一つだけ。
それ以外の、99%の選手、チームは、必ず負けているのだ。
オリンピック、甲子園という、全世界、日本全国のあこがれの舞台に出場した選手、チームのほとんどが、その舞台で敗北する。
勝った選手、勝ったチームに与えてもらった感動は、いつまでも忘れず大切に憶えておきたいが、それ以上に、一つ一つの「敗北」、そのプロセス、背後にあるものに、思いを致すようにしたいと思う。
「金メダル」でなければがっかり、ということでなく。
(私は、以前から、メダルにも入賞にも届かなくても、そこで、「自己ベスト」を更新した選手というのは、本当に最大の賞賛に値すると思っている)
(私は、以前から、メダルにも入賞にも届かなくても、そこで、「自己ベスト」を更新した選手というのは、本当に最大の賞賛に値すると思っている)
そんな気持ちで、この暑い夏、お盆休みのスポーツ観戦を楽しみたい。