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45年前、消防隊の制服

甲子園に春夏連続した、木更津総合高校が、準々決勝で栃木の作新学院に1-3で惜しくも敗れた。

今年春のセンバツでは、同じく準々決勝で熊本の秀岳館に敗れた。

春夏連続のベスト8は立派なものだが、この夏の大会、秀岳館も勝ち残ってきていたので、勝ち上がって対戦し、雪辱を果たしたいところだっただろう、

木更津総合高校は、木更津中央高校として設立された(その後、現校名に改称)。昨年亡くなった真板益夫理事長が、木更津から甲子園に行くチームを出したいと、野球部に力を入れていた。

母校ではないが、地元高校であり、野球部の動向は気にしていた。

これまで、甲子園には、春3回(1971年、2015年、2016年)、夏5回(2003年、2008年、2012年、2013年、2016年)、出場している。

この中では、2012年の夏、初戦で、藤浪晋太郎を擁する大阪桐蔭と対戦し、2-8で大敗したのが印象に残っている。

ちょうど木更津に帰省中で、父がお世話になっている介護施設に向かう途中、車のラジオでこの試合を聞いていた。

父の施設に行く道の途中に、木更津総合高校がある。その脇を通りながら、今頃、学校の中では、みんなで応援しているだろう、と思ったものだ。

そんなことで、今でも記憶に鮮明だ。尚、この大会、大阪桐蔭春夏連覇を達成している。

ところで、今朝の朝日新聞地方版には、昨夕、木更津高校の選手たちが帰ってきたとの記事が載っていた。

そのことで思い出すのが、1971年のセンバツである。この大会、木更津中央高校(当時)は、ベスト4に残った。これは、同校の過去最高の成績である。

私には、中学校を卒業し、高校に入学する春休みのことだった。

惜しくも決勝進出を逃し、甲子園から帰ってくる選手たちを、木更津駅の駅頭で出迎えるイベントが行われることになった。

イベントに際して、地元の消防隊の音楽隊が演奏を行うにあたり、それに参加しないかという誘いをもらった。私は、中学校ではサークルでアルト・サキソフォンを吹いていたのだが、サークル仲間のT君の父上が、消防隊音楽隊の指揮者を務めており、その関係で誘いがあったものと記憶する。

イベント当日は、高校の入学式の前日であった。明日が入学式という日に、そういうものに参加することを、母には反対されたが、どうしても出たいと押し切った。

T君ともども、消防隊の制服に身を包み、木更津駅西口駅前で行われた演奏に参加した。

その時の写真を、実家の古いアルバムから見つけた。

イメージ 1

イメージ 2


消防車が写っているので、消防署で、たぶんT君の父上に撮っていただいたものだろう。右にいるのがT君である。

(ちなみに、この時の私は、今より25キロくらいは体重が軽かったと思う。身長は既に今と変わらないが(汗))。

昨日の、木更津総合高校の選手たちの帰郷、同じようなイベントは行われたのだろうか。

※過去の関連記事
    71年のセンバツ
       http://blogs.yahoo.co.jp/naokichivla/54383936.html