naokichiオムニバス

67歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

「切れた環がつながる日」に向けて~浦安シティオーケストラの2011年<1>

大学オケのOB会の会報に、浦安オケの活動について、昨年の震災の件を中心に寄稿した。

会報の掲載ページは、前の記事に画像を掲載したが、紙面の制約で、提出した原稿の一部が割愛された形になっている。

改めて、オリジナル原稿の全文を、テキストの形で、以下に掲載しておきたい。



「切れた環がつながる日」に向けて
          浦安シティオーケストラの2011年
                              naokichi(昭53経済学部、ヴィオラ)


 浦安シティオーケストラに入団したのが、40歳を前にした1995年1月。大学オケの先輩であるSさんのお誘いだった。早いもので17年余りが経つ。
 年2回の演奏会を中心に活発な活動を続けてきた我々のオーケストラが、未経験の危機に直面した昨年3月の東日本大震災
 個人として、また団として忘れられない、この時の経験について書いておきたい。

 2010年11月に第38回定期演奏会を終了した我々は、次の定期演奏会に向けて練習を開始した。J.シュトラウスⅡの「皇帝円舞曲」、チャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」、ブラームス交響曲第3番。本番は2011年5月22日(日)。指揮は当団が初めてお迎えする横島勝人先生で、1月末に初顔合わせの合奏を行っていた。2月には合宿練習。本番までの道のりも半ばを過ぎ、残り2ヶ月余、さあこれから追い込みというところで、あの震災が発生したのだった。

 その時私は東京京橋の会社社屋内にいた。帰宅困難者となり当日は会社泊。翌日千葉市の自宅マンションに戻ったが、東京湾岸の埋立地ながら幸いにも液状化を免れており、格別の被害はなかった。
 当初、メディアの報道は東北方面の被災状況が圧倒的だったが、日が経過するにつれ、我がオケの本拠地、浦安市の被害も相当に深刻なことがわかってきた。特に、京葉線沿線、新浦安駅舞浜駅を中心とした埋立地の被害は甚大で、多くの団員がライフラインを絶たれ、長期にわたり不自由な生活を余儀なくされた(ヴィオラの仲間にもそういう境遇の者が出た。都内に住む友人の団員が自宅に呼んで入浴の便宜を図ったり、私も品薄なペットボトル飲料をかき集めて送ったりした)。

 結果として、毎週日曜日の練習ができない期間は2ヶ月に及び、予定していた5月の定期演奏会も中止せざるを得なくなってしまった。
 以下、先の見通しが立たなかった、当時のことを回想する。

[3月12日(土)]<練習中止>
 朝、インスペクターから、翌13日(日)の練習中止の連絡。

[3月16日(水)]<練習中止継続>
 団長から、市内の公民館が閉館のため、3月中の練習はすべて中止するとの連絡。

[3月27日(日)]<本番中止の決定 震災後初めての楽器>
 午前、団長から、公民館再開まで4月以降も活動休止、5月の定期演奏会も中止する旨の連絡。もしかして、と内心思ってはいたものの、いざ現実になるとやはりショック。
 同日午後、市川に住む団員宅に集まって弦楽四重奏。5月の定期演奏会当日、開演前にホールロビーで演奏する計画があり、もともとそのために設定していた練習だった。
 震災後、初めて見るオケ仲間の顔。チェロの者は妻子を実家に帰し、被災した自宅で不自由な単身生活を送っているとのことだった。あっという間の4時間。久しぶりに音を出せたこと、合間に色々な話ができたことが本当に嬉しかった。
 しかし、今度会うのはいつになるのか。別れ際に「じゃあまた来週のオケ練習で」と挨拶を交わせない違和感。「オケに行かない日曜日」は、いつまで続くのか。「目標の喪失」を痛感させられた日でもあった。

[3月28日(月)]<被災団員からアンサンブルの誘い アンサンブル会の計画へ>
 被災したヴァイオリンの団員からメール。モーツァルトクラリネット五重奏曲を合わせたい、と。震災1ヶ月前の合宿の時、練習の空き時間に遊んだ曲だ。
 メールには、「こういう時に元気を出す手段の一つとして目標が欲しい。この2週間、音楽をプレーヤーで聴く余裕も楽器ケースを開ける機会もなかった。しかしいつも頭の中で鳴っていたのは、こよなく愛するモーツァルトクラリネット五重奏とクラリネットコンチェルトだった。水を求めて2時間近く並んでいる時も、住民総出で団地の液状化による土砂の片付けをしている時も」と綴られていた。
 苦境にある仲間が音楽の場を求めている。すぐメンバーから賛同の返信が相次いだ。
 前日合わせた弦楽四重奏のメンバーともども集まって音出しができたら、との話になり、4月10日(日)からほぼ毎週の日曜日、6週分の演奏場所を市川市内に確保した。
 オケの練習再開が見えぬ中、仲間に会いたい、音を出したいという渇望が、我々を突き動かしていた。被災した団員の希望でもあり、不謹慎だとか考えることもなかった。
 ただこの時期、団の幹部は、被災した街中の実情や団員の状況を考えつつ、練習再開の是非や時期を検討していた。インスペクターには、このアンサンブル会の計画を報告したが、団内外の輿論もあり進め方は慎重にした方がいいとの意見を得た。そのため、団内に広く参加者を募ることは控え、少数の有志が非公式に集まるだけの形にとどめた。
 並行して、トランペットが場所をさがしてパート練習を考えているとの情報も得た。じっとしていられない、という動きは他でも模索されていたようだ。

[4月7日(木)]<「総決起集会」の案内>
 団長から、4月24日(日)に「総決起集会」を行う、との連絡。練習再開にはまだ至っていないが、そろそろ団員が顔を合わせて色々な話をしたい、との趣旨。

[4月10日(日)]<第1回アンサンブル会>
 弦8人、クラリネット1人が参加。半数が浦安在住で被災の身。持ち寄った楽譜で4時間演奏。終了後は近くの居酒屋に移動して、震災以後のあれこれについて、堰を切ったように語り合った。そう、皆、音を出したかった、話したかったのだ。この日のアンサンブルと飲み会の嬉しさ、気分の高揚は本当に忘れられない。

[4月17日(日)]<第2回アンサンブル会>
 弦8人、フルート1人、クラリネット1人が集まり、前週同様に4時間を過ごした。

[4月19日(火)]<公民館再開情報>
 4月25日(月)から市内の公民館が開館するとの情報。練習再開の光が見えてきた。しかし、定期演奏会が中止された状況で何を練習していくのか?

[4月24日(日)]<総決起集会 今後の活動案発表>
 総決起集会。3月6日(日)の練習以来、7週間ぶりの公式の集まりだ。
 幹部から当面の活動案が発表された。
   ①中止した5月22日の定期演奏会は、2012年6月に延期する(同一指揮者、曲目で)方向
     で調整したい。
   ②5月22日の本番会場(浦安市文化会館大ホール)の予約は取り消していないので、この
     日に別途の演奏会を行いたい。5月1日(日)に企画会議を開き、8日(日)からそれ
     に向けて練習を再開する。
 ②は、ここ4年余り毎回指揮をお願いしている矢澤定明先生からの提案だった。大変な現状の中で何か目標を作り、音楽で元気になれる事をしませんか、と。既に声楽のソリストにも声をかけ賛同を得ている、とのことだった。
 これを受けて、2回行った有志のアンサンブル会は、以後打ち切ることにした。

[5月1日(日)]<演奏会企画会議>
 演奏会の企画会議。指揮の矢澤先生も参加。以下を申し合わせた。入場無料で客席はオープンする。告知も可能な範囲で行う。練習は8日(日)、15日(日)、21日(土)。「練習3回で本番」は異例だが、団員が目標を持つことが大事。できる範囲で仕上げる。
 演奏会の構成、演奏曲目を検討。

[5月8日(日)]<浦安シティオーケストラ再始動の日 9週間ぶりの練習>
 9週間ぶりに団員が楽器を持って集合。2週間後の本番に向けての譜読み。急なことで全部の曲の楽譜がまだ揃わない。皆どこか平静さを欠き、浮き足だった空気だった。

[5月15日(日)]<第2回練習>
 本番1週間前なのに初見曲あり、の第2回練習。

[5月21日(土)]<ゲネプロ
 本番会場で5時間余りのゲネプロ。できうる限りの仕上げ。

[5月22日(日)]<演奏会本番 一つの区切り>
  ●がんばろう浦安!みんなで音楽を楽しもう!コンサート(指揮:矢澤定明)
     第1部  レハール 喜歌劇「メリーウィドウ」から「イントロダクション」「ヴィリアの歌」
                  「デュエット」
           ビゼー 歌劇「カルメン」から「ハバネラ」「闘牛士の歌」
           ヴェルディ 歌劇「椿姫」から「プロヴァンスの海と陸」
           プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」から「誰も寝てはならぬ
           プッチーニ 歌劇「ボエーム」から「ムゼッタのワルツ」
     第2部  ビゼー 「アルルの女」第1組曲から「カリヨン」
           ビゼー 「アルルの女」第2組曲
           ベートーヴェン 交響曲第7番から第1楽章、第4楽章
     アンコール エルガー 「エニグマ変奏曲」から「ニムロッド」
             岡野貞一 故郷
 指揮者、ソリストは無償での出演。大した告知もしなかったのに、400人超のお客さまが来場して下さった。結果として2ヶ月で終わったとはいえ、先の見えないあの空白の期間を経て、思いがけぬ早期の演奏会本番。ステージから客席を見た時、あれこれの思いがうずまき、感慨無量だった。他の団員も、それぞれの思いを胸に演奏したことだろう。
 とにかく、この「本番」は3月11日以来の大きな区切りとなった。

[6月1日(水)]<定期演奏会の延期開催決定>
 団長から、2012年6月の定期演奏会本番会場が予約でき、併せて指揮の横島先生のスケジュールもOKとの連絡。中止1年後の延期開催が確定。これは団員一同にとって、大きな安堵であり喜びであった。

(次の記事に続きます)