naokichiオムニバス

66歳会社員。ヴィオラ弾き。ビール大好き。毎日元気。

「笑っていいとも!」終了のニュースに

今日、何と言っても一番のニュースは、「笑っていいとも!」(正確には「森田一義アワー笑っていいとも!」でしたっけ)が、来年3月で終了する、という話。

今日のいつもの放送の最後に、何気なくという感じで発表した、との報道には、いかにもタモリらしい力の抜け方と感じた。

かねてから放送打ち切りについては、何度となく憶測報道がなされていたので、特段の衝撃を感じたわけではない。

えー!? というよりは、ああやっぱり、という印象かな。

でも、でも。

とにかくこれは、もう簡単には語り尽くせない感慨があるよね。

放送開始は、1982年10月。私は27歳だった。

あれから31年。

「いいとも」は、常に私のそばにあった。

独身寮のテレビで、その後移った現場事務所の食堂や宿舎のテレビで、そして今の家のテレビで、お昼の放送、日曜日の増刊号、年末の特大号。

20代、30代、40代、50代の私のそばに「いいとも」があった。

別に、平日のお昼に毎日必ず観ているわけではない。増刊号も、毎週観ているわけではない。

いや、むしろ、ちらっと観る程度で、実はほとんど観ていない、と言う状況だ。最近は。

つまり、空気みたいになっちゃってるんだな。

どうしても観ようとは思わないけど、その存在を忘れているわけでもない。

観ようと思えばいつでも観られる、というポジションにいてくれる存在。

長寿番組、というのは多かれ少なかれどれもそういうものかもしれないな。

「いいとも」の思い出、これはたくさんあるよ。

しっかり思い出さないと、書き出せないだろう。

いずれまた来年の3月くらいに改めて書くかもしれないけど、今思いつくだけでも列挙しようか。

・「笑ってる場合ですよ!」の後番組として始まったこと。

・「笑っていいとも!」というネーミングが、とても安易に感じられたこと。

テレホンショッキングの「友だちの友だちは皆友だちだ。世界にひろげよう、友だちの輪
っ」の儀式。

テレホンショッキングの安産祈願。

テレホンショッキングは、当初、同じ人を呼べないルールだったこと(「あー、○○さんは前に出ちゃってますねえ」とNGだった)

・小田(和正)さんがテレホンショッキングに出た、1984年2月14日の放送。

有吉佐和子さんが、テレホンショッキングに居座った事件。

・「エイズ」というものを初めて知ったのは、この番組でだった。金曜日のコーナーだった「5つのフォーカス」(タモリ山本コウタロー田中康夫の鼎談)で、アメリカで新しい病気が出てきている、とコウタローがしゃべったのが、私にとっての初耳。

・同じく金曜日のコーナーで、タモリ、(明石家)さんまが2人でしゃべるコーナーがあったが、ビートたけしフライデー事件を起こした後、月曜日以降の放送で、タモリがこの件に一切ふれずに通してきたことに、さんまがツッコミを入れた場面。

・日常の疑問について、タモリが電話で問い合わせるコーナーを、父がお気に入りだった。自動車の後部座席の中央に座る人のシートベルトがないが、どうすればいいんだ、という質問を自動車メーカーにしたことがあったが、いい質問だ、と言っていた。

・増刊号は、最初、嵐山光三郎が進行していた。

思い出せばまだまだいっぱい出てくるけど、とりあえずこのへんで。

あと、この番組は、当然、タモリという人なくしてありえない話なのだが、これも私の個人的な思い出としては、大学時代、「うわさのチャンネル」でイグアナのモノマネをして出てきた時のタモリが原点だ。

当初はアウトローアバンギャルドなポジション、毒のあるキャラクターを売りにしていた彼は、毀誉褒貶の激しいタレントだった。
私の母は、最初はタモリを嫌っていたものだ。

その彼が、ほぼ10年の芸歴を経て、この「いいとも」のMCになった。
初期は、その毒がまだまだ残っていたが、それが、30年以上の推移の中で、だんだん変わってきて、今のタモリに至る。

番組の歴史は、そのままタモリ本人の歴史でもある。このあたりが、長寿番組の中でも少し独自性のあるところだろうか。

たぶん、日本国民、誰もが、「いいとも」に関しては、それぞれの思い出があるはずだ。

タモリは私よりは10歳上。思ってみれば、彼も68歳、70の声を聞く歳になった。

今回の放送終了は、それと無関係ではないと思う。

アタック25」は、番組の抜きがたいキャラクターだった児玉清氏の逝去がありながら、今なお続いている。

タモリは健在だが、「いいとも」は終わる。

それも一つのあり方なのだろう。

後番組がどうなるかより、私には、タモリという人が、これからどうするのかの方に、とても興味がある。

とりあえず、「タモリ倶楽部」は、これまで通りの脱力感で続けてくれるだろう。

日頃、「いいとも」をやっているから、遠くへの旅行ができないと嘆いていた彼に、海外も含めて、気の向くままの旅をしながら、「ブラタモリ」のような、彼にしかできない旅番組を作ってもらえたらいいな。

「いいとも」は終わっても、タモリというキャラクターを観続けていきたいものだと願う。